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たださみしかっただけ  作者: 朝月
五章 キキ
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No.5 遠のく白衣

 ハイネの引越し道具の整理が終わる頃、フォミが事務所の事とパーティの準備ができた事を伝えに来た。

 ハイネは喜んで走って行ってしまったので早歩きでそれを追いかける。

――そういえば引っ越してくる割には荷物の量が少なすぎるな。

 殆ど小物しか入っていなかったダンボールに違和感を覚えて振り返るが、今はそんな事を気にしている場合ではないと、急いで部屋を後にする。






 バイキング方式に並べられたテーブルには次々と料理が並べられていて、様々な匂いが混ざり店内に充満している。

 空の皿が用意されているテーブルに目を向けるとそこには金髪に白衣。

 日中会わなかっただけなのに長い間会っていなかったような感覚がしていつものように隣に座るのを少し躊躇する。

 同じ建物にいるのに日が暮れるまで会わなかった事なんて一度もない。


「エン、あそこに座る?」


「そうだな」


 そんなキルの横をフィーとエンが通る。

 横切った際にフィーに袖を引かれてハッとする。

 引かれた袖を離してもらえないまま流れに任せて引かれて行く。

 テーブルの近くまで行くとフィーは何事もなかったような顔をして手を離し席に着く。

 気づけばもう全員が座り始め、急いで空いている席を探せば結局ソルの横。

 ソルの足元を横目で見ればハクが丸まったまま動かない。

 具合でも悪いんだろうか。


「ハク、大丈夫か――」


「エンさーん! こっちで飲み比べしましょうよ!」


 ハイネがカウンターから顔を出す。

 先に降りた筈なのに姿が見えないと思ったらそんな所に。

 手には何枚か皿が重ねられていて他のテーブルに並べる。

――何でわざわざ少し離れたテーブルに?

――何でエンを呼ぶ?

 疑問は頭に浮かぶだけで一つも口から出てこない。


「お、いいな。フィー悪いまた今度」


 エンがフィーの隣から颯爽と立ち上がりハイネの用意したテーブルの方へと向かって行く。


「……エン?」


 フィーは消えそうな程小さな声でエンの名前を呼ぶが呼ばれた本人は気づく素振りがない。

 それどころかハイネの前に座り嬉しそうに微笑んでいる。


「待たせたな」


「全然大丈夫ですよ! さあ飲みましょう! あ、フォミさんも一緒にどうですか?」


 料理の準備に一区切りをつけて、こちらに向かってこようとしたフォミを引き止める。

 フォミも嬉しそうに返事をし、踵を返してエンの隣に座る。


「……」


 ハイネは交友関係を築くのが上手なんだな。

 レイやミルならすぐに仲良くしてくれるだろうが、先にあの二人と仲良くなるなんて、ハイネはすごい子だ。

――ソルとも一日で俺より仲良くなったんだろうな。

 キルの隣でハクを膝の上に乗せて撫でている親友を見ると、さすがに気づいた様で目が合う。


「キル? どうしたの?」


「……ちょっと話してもいいか?」


「なに?」


 気づいてるか?

 今日初めて喋ったんだぞ?

 何で朝、部屋から出てこなかったんだ?

 ハクは体調が悪いのか?


――何か胸が辛いんだ、助けてくれ。


「ソルお兄ちゃん!」


 自分でも説明し難い心象を言語化できず、陸に打ち上げられた魚の様に口をパクパクさせているとソルの背後に人影が現れる。


「ハイネ」


 やっと出せた言葉は昨日今日とで何度も何度も発した言葉。

 ハイネは背後からソルの首に腕を回し抱きつく。


「ソルお兄ちゃんもお酒飲めるんでしょ? 一緒に飲もうよ!」


「うん、いいよ」


「やった! 早く行こう!」


 ソルがハクを抱えて立ち上がるともう片方の手をハイネが引いて行く。


「あ……」


――待ってくれ。


 思わずソルの白衣を掴んでしまった。

 前進する事が出来なくなったソルはその原因であるキルの方を見つめる。


「どうしたの? 珍しい」


「あ……時間は取らせない。一つだけ、一つだけ聞かせてくれ――」


 自分でも驚く程切羽詰まった声にいつの間にか白衣を掴む手は強くなる。


「俺の事、嫌いか……?」


――これ以上声が出ない。

 端的に、それを聞くだけで精一杯だった。

 その答えを、いつだって言ってくれるその言葉を聞いたら俺はまだ頑張れる。

 何があったって頑張るから、だから――


「嫌いな訳ないじゃない。本当急にどうしたの?」


 白衣を掴む手がはたき落とされた様に落ちる。

 もちろん実際にはたき落とされた訳じゃない。

 しかし力を入れようにも入らず、脱力したまま肩からぶら下がるただの肉塊と化した。


「……ッそう、か。引き止めて悪かったな」


 ソルが何も言わずに立ち去る。

 次第に視界が狭まっていって自分でも何処を見ているのかわからない。

 この感覚は知っている。

 そして何も言葉を発せぬままテーブルに体を向き直す。


「……キルちゃん?」


 ソルの隣に座っていたレイに声をかけられる。

 向かいに座っていたフィーとリル、それにミルも目を丸くしている。

 驚かせてしまった事を謝らなければ――そんな事、思うだけで言う余裕さえない癖に。


「レイ酒くれ」


 ゆっくりと隣に移動してきたレイに必要最低限の言葉で伝える。


「え、でもすぐ酔っちゃうんでしょ? いいの?」


「今日は止める奴いないからな」


 空の皿を見つめていた視線を向けると、レイの身体が揺れる。

――なあ、俺は今どんな顔をしている?


「わかったわかった、すぐ持ってくるから」


 困惑を隠す様な苦笑いで席を立つと、視線はまた空の皿に戻る。


「僕たちも飲み物取ってくるね」


 リルがそう言うと後の二人もそっと着いていく。


「キルのあんな形相滅多に見な――」


「レイが押されて――」


 フィーとミルが何か話しているが内容はよく分からなかった。


 三人が戻ってくると先に取りに行っていたレイも一緒だった。

 ご丁寧にお盆に二つグラスが乗せられている。


「はいキルちゃん。オレのもついでに取ってきちゃった」


「……」


 先ほどとは打って変わってにこやかに微笑むレイ。

 そんな様子を尻目に何も言わず片方のグラスを奪い取る様にして手に取り、そのまま口に運ぶ。


「あ、それは――」


 本当なら少しずつ飲むんだ。

 いつもなら心配性な奴が隣にいるから。

 レイの言葉も聞かず、グラスに入っている薄い黄色い液体をほとんど飲み干す。


「う、うぅ……」


 すぐに顔が火照りだし、いつもはしない頭痛までしてきた。

 頬には何かが伝う。

 次々と溢れてくるそれはきっと酒が散ったんだ、きっとそうなんだ。

 だから誰も気にしないでくれ。


「キルちゃ――」


「あー酔った酔った。やっぱりすぐに酔っちまうな。一気飲みしちまったしこれは明日記憶が無いな」


 皆もきっとそうなんだろ?

 明日になれば全て忘れてる。

 そう思い込んでしまえば急に口が回り出す。

 頬を伝い続ける酒を袖で拭いながら陽気なフリして笑う。


「ごめんそれオレのだったんだけど……」


 レイが行き場のない手をオロオロさせているのが視界の端に見える。

 グラスを取り替えようとしているのか反対側の手には炭酸の様な液体が入っているグラスを持っている。


「いいだろ別に」


 グラスに少し残っていた酒を飲み干しテーブルに置く。

 何ならそれも貰ったっていい。


「この後用事があるからオレのはただのジュース――待って!」


 キルが勢いよく立ち上がった衝撃で置いたばかりのグラスがテーブルの上を転がる。

 気づいた時にはレイの胸ぐらを掴んで反対側の手は拳を握っていた。

――殴ろうとしたんだ、俺はレイを。


「……クソッ」


 頬を伝うものは更に量を増し、申し訳なさや情けない感情で頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 レイの襟から手を離すと急ぎ早に店を後にする。

 きっとこれ以上ここにいたらいけない。






「ちょっとキルちゃん!」


 その光景を見ていた全員が唖然としていた。

 最初に動き出したのは当事者のレイ。

 キルの後を追って勢いよく店から飛び出す。

 少し遠くのテーブルからは何事も無かったかのように楽しそうな声が聞こえてくる。


「なんだか大変な物を見ちゃった気がするね」


「ええ……」


 再び動き出したリルはやっとコップに一口つける。

 キルのあの様子は普通じゃない。

 いつも優しくて争い事の嫌いなあの人が自分から暴力を振るおうとするなんて、自分の目で見てなければ絶対に信じなかっただろう。

 やっぱりあの時無理やりにでも話を聞いておくべきだったんだろうか。

 後悔先に立たず、フィーも用意したアルコールを少しだけ口に含む。

 とても楽しく飲める様な気分じゃない。


「キル大丈夫かな……」


 隣に座っているミルも心配そうに二人が出て行った扉を見つめる。

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