No.4 揺れる尻尾
食事処の営業時間が終わり、フィーは最後の客を店の外まで送ると、手を振られたので振り返す。
ふと横を見るとソルの診療所も閉院の準備をしているようだ。
今日は何でも屋の仕事はなく、いつの間にかいなくなっていたレイ以外は皆建物内にいる。
こんな日も珍しい。
箒を手に持ち、ソルと休日のキルを除いて食事処にいる全員で店内の簡単な掃除が始める。
キルはいつもなら休みの日でも進んで手伝うのが通常運転だが、どうやら今日はそうではないらしい。
食事処にはいるものの、カウンターに座っていつもは見もしないテレビをジーッと見つめている。
そんなキルを見るのは初めてで掃除が終わったら軽食でも誘ってみよう、と決めて掃除する手を早める。
「お姉ちゃん!」
声のする方を見ると扉から顔を覗かせたハイネがキルを呼んでいる。
食事処が閉店したのに気づいて降りてきたのだろう。
「ハイネ」
キルがそう呟くと虚げな表情から比較的いつもの表情に戻り、呼ばれた方向に駆けつけて行く。
何やら話して食事処を後にする。
一緒に軽食を食べる計画は中止になってしまった。
しかしキルのあの様子は放っておけるものではない。
「ねぇエン。昨日からキルの様子がおかしくない?」
たまたま近くにいたエンに話を振れば、あっけに取られたような顔をしている。
予想と正反対の反応に少し驚く。
「そうか? ハイネの話じゃ昔からああいう風に世話を焼いてくれたらしいぞ?」
その言葉は少し驚くだけでは済まない。
掃除する手を緩めず平然を装っているが、歩いている最中だったら間違いなく転けていた。
昨日はエンと常に一緒にいたがハイネと話しているのを見ていない。
つまりはどこかで密会していたという事だ。
あの警戒心の強いエンが。
「いつ聞いたの?」
「昨日の夜寝られなかったらしくてな、俺の部屋に遊びに来てた」
何食わぬ顔で掃除をしながら話すのでついにフィーの手が止まる。
やはり密会していた。
「部屋に入れたの? ハイネの事あまりよく思ってないのかと思ってたわ」
「確かに最初は怪しいと思ってたんだが、話してみればそんな警戒しないといけないような奴でもなかったんだ。いい子だよ、あの子は」
少し微笑みながら機嫌の良さそうな声色に何故だか身体の内側がモヤモヤしてきた。
――私が部屋に入れた時はあんまり嬉しそうじゃなかったのに。
ゆっくり揺れる黒い尻尾を掴みたい気持ちをグッと抑える。
「そう、珍しいわね。エンが初対面の人をそんな風に言うなんて」
「そうか?」
就職してからしばらくの間は私以外の全員、特にミルとリルを何故か警戒していたのにハイネの事は一晩で信用するなんて一体部屋で何が――
そこまで空想したがそれ以上は考えるのをやめる。
掃除を再開した箒は埃を撒き散らすように動き回り、これでは掃除をしているのか散らかしているのかわからない。
「ハイネちゃんいるかしら」
突然、二階で資料の整理をしていた筈のフォミの声が聞こえ、俯きかけていた顔を上げると扉から上半身だけ覗かせていた。
辺りを見回しハイネを探しているようだ。
「さっきキルと一緒に上に上がって行ったよ。どうかしたの?」
ミルがそう伝えるとフォミはたまに見る作り笑いじゃない笑顔になる。
「最初は何かあったらいけないから事務所に入ったら駄目って言ってたんだけど、やっぱりキルちゃんの妹だから大丈夫だと思って。もし私より先にハイネちゃんに会ったらそう伝えておいてくれる?」
扉の向こうにチラリと見える尻尾もエンと同じようにゆっくり揺れていて、本心で嬉しそうにしているのが誰の目に見てもわかる。
「フォミ君? 君らしくないじゃない。今まで特定のお客さんと従業員以外の出入りを無闇に許可した事無かったのに」
いつも余裕のある態度を保っていたリルが珍しく驚いたような口調になる。
フォミもエン程ではないが、他人とすぐに打ち解けるような質じゃない。
「ハイネちゃんだったらいいと思うんだけど、駄目かしら?」
「うーん……君が同伴するならいいよ」
腕を組んでわかりやすく考えるポーズを取ると、渋々承諾する。
「ありがとうリルくん。じゃあ私は残りの仕事を片付けたらパーティの準備をするわね」
リルの承諾を得ると同時に早口に後の予定を伝え二階に戻っていく。
キルが妹と再会できたのは喜ばしい事だけどフォミがそこまで嬉しそうに事を運ぶのは何故だろう。
ミルがリルの元へ歩み寄って行くのに気づき、フィーもエンの横から離脱してミルについて行く。
「ちょっと二人に聞きたい事があるんだけど……皆の様子がおかしいように見えるのは、私の思い過ごしかしら?」
壁際で円になりお互いの顔を見合わせる。
幸い、ミルとリルに変わった様子はない。
「キル君とソル君は昨日からおかしいし、フォミ君とエン君は今日からおかしい。二人とも何か心当たりはある?」
「うーん……でも昨日って言ったら――」
「ハイネが来てからよ」
ミルが言いにくそうに口籠るので、フィーが代わりに断言する。
――だってそれ以外変わった事なんてないんだもの。
エンがハイネを警戒していない事こそがハイネを警戒する理由になる。
「何の話してるの?」
背後から聞き慣れ始めていた声が降り注ぎ、振り返ればいつもと様子の変わらないレイが首を傾げていた。
よかった、レイはおかしくなっていない。
「レイ! 急にいなくなったから心配してたんだよ」
心配性のミルが安堵の表情を浮かべる。
「ごめんねーちょっと気になる事があって隠れて魔界に行ってたんだけど、今日中にわかりそうになかったからひとまず帰ってきたんだよ」
「レイでも簡単に侵入できるなんて魔界って緩いのね。それで気になる事って何?」
追放者に易々と出入りされる魔界って国として大丈夫なんだろうか。
トラリアオース大陸でそんな事があったら即刻指名手配されて死刑だろう。
「フィーちゃんご機嫌斜め……でも確信もないのに言えないからわかったら言うね。あんまり口軽いと魔界の偉い人に怒られちゃうから」
眉を落としながら両手の人差し指を自身の口の前でバッテンにする。
この様子だとこれ以上何も語らないだろう。
レイから少し視線を逸らすとエン達が飲食の準備をしているのが見える。
そろそろハイネの歓迎パーティが始まるようだ。




