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たださみしかっただけ  作者: 朝月
五章 キキ
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No.3 こんなはずじゃ

 朝、目が覚めると視界に映るのはいつもの風景ではなく、ベッドの側面と床、それと古い匂いが鼻に付く布団。

 節々が痛む体を起き上がらせると、馴染みのあるベッドの上でハイネが寝息を立てて寝ているのが見える。

――そっか、昨日ハイネに会ったんだった。

 頭がぼんやりしている、おそらく熟睡していなかったのだろう。

 しかし起きない訳にもいかずいそいそと布団を片付け、サラシを巻く等して軽く身なりを整える。


「ハイネ、朝だぞ」


 ベッドの際に座りハイネの頭を優しく撫でればキルと同じ色の瞳がうっすらと開かれる。


「……お姉、ちゃん」


 寝ぼけているのか力なくそう呟き微笑むので、頭を撫でながら微笑み返す。

 あの後フォミの部屋に行っていたので疲れたのだろう。

 無理に起こすのは可哀想だ。


 しばらくして完全に覚醒したハイネの勢いは凄まじく、長めの髪をサイドテールに結んだりと、時間のかかりそうな身支度をすぐに終わらせる。

 鏡の前で一回転してこちらを向けば寝起きの柔らかい微笑みではなく弾けるような笑顔で口を開く。


「お腹すいちゃった!」


「桃源郷は部屋にキッチンが無いから食事処で飯を食うんだ。俺が作ってやるからな」


「じゃあそれまで好きにしててもいい?」


「ああ、でもフォミに言われた事はちゃんと守れよ?」


「うん!」


 元気な返事をして飛び跳ねる様にしてキルより先に部屋を出る。






 食事処では今日はミルが調理をして他の人は食べるという段取りで進んでいた様だが、無理を言ってハイネの分だけはキルが作るようにしてもらった。


「悪いな……」


「いいんだよ。ミルはキルと一緒に作れて楽しいしね」


 手際よく料理を作りながらもフォローを入れてくれる。

 ふと振り返ると一人、二人、三人……ソルだけがいない。

 寝坊するタイプではないし、もし寝過ごしてもハクが起こすはずだ。


「キル! 焦げるよ!」


 その声でハッとして前を見ればフライパンの中身は黒くなり始めていた。


「……悪いミル、これは俺の分にするから」


「まだ人数分作ってなかったから大丈夫だよー」


 そう言って台所に残っていた料理をすでに盛り付けてあった皿に均等に追加していく。

 あれは本来キルが食べる分だったのだろう。

 ミルが気遣ってくれているのに謝る訳にはいかず、ひっそり肩を落としながら一から料理を作り直す。


「お姉ちゃんお腹すいた!」


 ハイネが食事処の扉を勢いよく開け、キルを見つけると一番近くのカウンター席に座る。

――どこに行ってたんだ?

 そう聞きたかったが、楽しそうにしている妹に水を差す様な事は言えず、言葉を飲み込む。


「もうすぐ出来るから待ってろよ」


 調理器具の片付けはミルが手伝ってくれたので、料理が冷める前にハイネと一緒に朝食を食べる事ができた。

 口一杯に頬張るように、でも行儀良く食べながら「おいしい」と言ってくれる。

 それ見ながら自分も少し黒くなった朝食を口に運ぶ。

 苦いだろうなと思っていたが、何の味もしなかった。


「お腹いっぱい。ありがとうお姉ちゃん」


「そうか、よかった。俺が片付けるから座っててくれ」


 満足そうな顔で食器を片付けようとするので、それを制止し自分の食器と一緒に流しに持って行く。

 またしてもミルと鉢合わせる。

 手にはソルを除いた他の皆の食器が重ねられている。


「ミルがついでに洗っておこうか? キルはソルを起こしてきてよ」


 ソルが寝坊するの珍しいね、と周りに聞こえない様に小声で話す。


「そうするよ。ありがとなミル」


 ミルに二枚食器を渡し、扉を見るがやはりソルが入ってくる様子はない。

――ソルに何かあったらどうしよう。

 自分で思っていたより数倍心配していたらしい。

 振り返らずに足早に扉へと向かう。

 いつもは起こされる側だが、今日は俺が――


「お姉ちゃんどこ行くの?」


 身体がピタリと動きを止める。

 決して忘れていた訳ではないが、呼び止められるとは思っていなかった。

 声の主の方へ振り返る。


「ソルが起きてこないから様子を見に行くんだ。ハイネはここで待ってて――」


「ソルお兄ちゃんなら起きてたよ! 今日は朝ご飯いらないんだって」


 その話ぶりからキルが食事処にいる間、ハイネはソルの部屋に行っていたらしい。


「そうか。ならいいんだ」


 まあ訪ねてきたら招き入れるよな普通。

 ハイネに言伝してもいいが、俺にも連絡くらいくれればいいのに。

 昨夜と同じように胸に騒つく何かを感じ、少し気持ちが悪い。

 目的地をソルからハイネに変更してゆっくり歩き出す。

――おかしいな、さっきはあんなに早く歩けてたのに。


「そうだ! さっき私の荷物が届いたんだけど運ぶの手伝ってほしいの……お姉ちゃん時間ある?」


「ああ、今日はフォミに頼んで非番にしてもらったからいつでもいいぞ」


「じゃあ今からがいい!」


 カウンターから立ち上がり、キルの手を引っ張って行く。

 昨日もそうだったが、急ぐ時は手を引っ張って行く癖は子供の時から変わってないらしい。

 それを微笑ましく思いながらハイネに身を任せる。


 手を引かれて着いた場所は事務所の前。

 荷物が入っていると思われるダンボールは三つで二人で手分けして持てば往復せずとも運び終えるだろう。

 一番軽そうなダンボールをハイネに手渡し、後の二つを重ねて持ち上げる。

 思ったより軽い。


「ハイネ持てるか? これくらいだったら俺一人でも三つ持てるが――」


 振り返るとハイネは事務所の扉を見ている。


「ここ、昨日はちょっと入っちゃったけど入っていい場所だったっけ?」


「いや、そこは……」


 事務所には何でも屋の資料が多数置いてあり、誰かが持ち出しでもしたら桃源郷は終わる。

 なので事務所に部外者が入るのをフォミは一番嫌う。

――ハイネが入っていい場所ではない事は明白だった。


「ダメな所?」


「あ、えと……後でフォミに聞いておくから今はやめておこう」


「わかった」


 事務所に入る事を素直に諦めキルの後ろをついてくる。

――ハイネの要望を否定する事から逃げ、フォミに押し付けた。

 抱えているダンボールに隠れるキルの表情は暗い。

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