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たださみしかっただけ  作者: 朝月
五章 キキ
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No.1 愛しいが故に

「あれ、キル今日出張じゃなかったっけ?」


 珍しく客でごった返している店内のカウンターに座っているとミルが接客の合間に話しかけてきた。

 今日は格別忙しいだろうに気を回してくれるミルはいつも優しい。


「そうなんだが……待ち合わせがここなんだ」


 昨夜告げられた仕事内容は今日一日一緒にいる事、こんな仕事は珍しい。


「昨日も思ったんだけど、待ち合わせの相手ってキルのファンなんじゃないの?」


 レイが皿を下げるついでに会話に参加する。

 初日にソルが人前でキルを男扱いする様に言ってくれていた様で、律儀に呼び捨てで呼んでくれる。

 本当はいつもそうしてほしいが、断られるので最近は仕方ないと諦めている。


「そうかもね。キルは桃源郷で一番モテるから」


「そうか? ソルとかレイの方が皆から好かれてるだろ」


「天然タラシって一番罪作りだよねぇ」


 二人が苦笑いでこちらを見ているので首を傾げる。


「キル、お前の事探してる子がいたから連れてきたぞ」


 突然背後からエンに話しかけられて振り返ると、隣には帽子を目深に被った小柄な女の子が立っていた。


「悪い、俺が迎えに行くべきだったな。お前が今日俺の事呼んだ子か?」


 接客を中断して道案内をしてくれたエンに断りを入れながら立ち上がり、帽子の少女の目の前に立つ。

 キルを見上げるように見る目は自分と同じオレンジ色で親近感を覚える。

 左目に医療用眼帯をしているのもまた似通っていて――


「……やっと見つけた」


「え?」


 口を開いた依頼人の声は初めて聞いたものではなく、むしろ聞き慣れたもので、思考停止している間に少女はキルに飛びつく様にして抱きつく。

 その拍子に帽子が地面に落ち、顔がはっきりと見える。


「――お兄ちゃん!!」


「ハイネ?!」


 足場を失い、宙ぶらりんになっている身体を両腕で支えると、ハイネは頬擦りをするようにして肩に顔を埋める。


「ずっと探してたんだよ! 本当に、本当に心配したんだから」


「何で……」


「何でって……世界でたった一人の家族でしょ! 探すに決まってるじゃん!」


 キルの首に回っていた腕は解かれ、ハイネは地に足をつける。

 再び視界に映った愛しの妹は涙ぐんで目尻を擦っている。


「キルの妹なの?」


 騒ぎを聞きつけ駆けつけてくれたのかいつの間にかフィーがハイネの背後に立っていた。

 やはり猫型は足音が極端に小さい。

 ハイネは一瞬驚いた様な表情になったが、すぐに笑顔になりフィーの方に振り返る。


「はい! いつもお兄ちゃんと仲良くしてくださってありがとうございます!」


 サイドテールを揺らしながら鈴の様な声で頭を深々と下げる。


「すごくいい子だね」


 キルの横に居座っていたレイが物珍しそうにハイネを褒めてくれるので、キルも笑顔で答え――たかった。


「そうだろ、自慢の妹だ……」


 その作り笑いはあまりにも下手で八の字眉の見事な困り顔になってしまっているが、キル自身はこの事に気づいていないフリをする。


「キル?」


「ッなんだ?」


 名前を呼ばれ、ミルの方を見れば何か言おうとしているのか体を揺らしていたが次第に動くのをやめ、少し俯いて言葉を飲み込む。


「……いや何でもないよ」


 ミルはキルの異変に気づいているようだが、次第に早まる鼓動、内臓をぐちゃぐちゃにかき回されるような感覚、きっとそれは誰にも気づかれることはない。


「ハイネ、ここじゃ何だから二階に上がろう」


 こんな状態のままここに留まってはいずれ皆に勘付かれてしまうと思い、ハイネの手を取り扉の方へ誘導する。

 手に汗をかいている事をハイネに気づかれてしまったらどうしよう――


「うん。あ、そういえばソルお兄ちゃんは? 今も一緒にいるんだよね?」


「ああ、隣の診療所にいる。寄って行こう」


――早く人目につかない場所に行きたい。

 早る気持ちから無意識に歩くスピードが速くなる。

 診療所の窓から中を覗けば珍しく患者がおらず暇を持て余したソルがハクを膝に乗せて戯れている。

――患者がいればすぐ二階に行ったのに。

 ハイネの手を引いたまま診療所の扉を開けると、一人と一匹が立ち上がって迎え入れてくれる。


「ソル、実は――」


「ソルお兄ちゃん!」


 事情を説明しようとしたキルを遮り、ハイネが先程キルにしたようにソルに飛びつく。

 ハクはあまり面識のないハイネを警戒して避けたが、ソルは両腕で受け止める。


「……」


 キルは目線を落とし、先程まであった温もりを確認する様に自身の右手を見つめる。

 もっとちゃんと手を繋いでおくんだった。


「……もしかしてハイネ?」


「うん!」


「……よくわかったな。最後に会ったのは十年前だっただろ」


 ハイネと顔を見合わせ首を傾げながらも確信している様子のソルの方へ近づくと、ハクが肩に乗ってくる。

 ハクを撫でる手が小刻みに震えている事に気づいて心配そうに手を舐めてくれる。


「キルの妹を忘れる訳ないでしょ。でもあんなに小さかったのに大きくなったね」


「でしょ! この前の誕生日で成人したんだよ! 十五才!」


「もうそんなになるんだ。左目どうしたの?」


 医者として眼帯を無視する訳にはいかなかったのかハイネの左目を見ようとして眼帯の紐に手をかけようとする。


「ちょ、ちょっとものもらいできちゃっただけだから気にしないで!」


 肌に触れそうになった手を両手で取り、にこやかに笑う。


「ものもらいならケイルで治せないね……キル?」


 今呼ばれるなんて一ミリも想定してなかったので、驚いて身体が跳ねる。


「なん、だ?」


 言葉までチグハグになってしまった。

 しっかりしろ、心配をかけるな。


「大丈夫――」


「あ! お姉ちゃんに話があるんだった! 早く行こ!」


 今度はソルの言葉を遮り、来た時とは真逆でハイネがキルの手を引っ張って行く。

 まだハイネの事を警戒しているハクは急いでキルの肩から飛び降りる。


「ちょっと待って……行っちゃった。キル大丈夫かな……」






 走る様にして階段を駆け上がり、ハイネが三階の廊下へと続く扉を開けて中に入る。

 強く握られていた手は離れ離れになり向かい合わせになる。

 ハイネの笑顔が眩しい。

 キルの方が静寂に耐えられなくなり口を開く。


「話って何だ?」


「それは――ねぇお姉ちゃん。私が何でわざわざ依頼して会うなんて騙す様な事したかわかる?」


「それは……俺が――」


――逃げるから。


 そう口に出して仕舞えば全てが終わる気がして口籠る。

 ハイネがそう思っているとも限らない。

 俺がハイネを避けていた理由ももしかしたらわかっていないかもしれない。

 だってハイネはあの時まだ幼かったから。

 ソルの事を覚えていた時点でそんな事ある訳ないのに都合よく考えなければキルの中の何かが潰れてしまいそうだった。


「そう!」


 突然大きな声で肯定の言葉を放つので一歩後ろに下がってしまった。


「何を隠そう私はお姉ちゃんを本当に騙してたから! 今日一緒にいるっていう依頼は半分嘘! 本当の依頼はお姉ちゃんの部屋に居候させてもらうことでした!」


「え?」


 人差し指を立てて難しそうな顔をしながら半径三十センチ程の円を描く様にゆっくりクルクル回り、自慢げに話している。

 そしてピタッと立ち止まると今度は可愛らしい困り顔でキルの顔を見上げる。


「私、お姉ちゃんを探す為にいろんな所転々としながらフリーターしてたんだけどね。最近お姉ちゃんがここで働いてるって知って転々とする理由が無くなっちゃったの。そしたら正式に働く所探さないといけないでしょ? でもアルバイトだとすぐ決まるんだけど正社員だと中々決まらなくて……だから働く場所決まるまで居候させてくれない? お願い! 貯金が底をつきそうなの! ちゃんと依頼料払うから!」


 頭を下げながら両手を合わせて前に突き出す。

 そしてダメ押しにもう一度「お願い!」と言われて断れる姉がいるだろうか。


「……わかった。ただそれだと俺だけの話じゃなくなるからフォミ……店長が帰ってきたら聞いてみるよ。俺のせいで大変な思いさせて悪かったな」


 告げられたのがあの事じゃなかった事に安堵し胸を撫で下ろす。

 身体も少し軽くなった様な気がする。


「依頼料も免除してもらえるか聞いてみるな」


 そう言って今日初めて微笑めばハイネは満面の笑みで抱きついてくるので、抱きしめ返す。


「ありがとう! お姉ちゃん!」


 懐かしい声に懐かしい匂い。

 可愛い可愛い世界にたった一人の妹。

 さっきまでの俺の行いをどうか許してくれ。

 お前を幸せにする義務を放棄していた無責任な姉を、たった一人の母親を奪った最低な姉をどうか――許してくれ。

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