No.20 肝に銘じて
ミルはリルの背中越しに騒ぎの中心にいる人物を覗いている。
一向に動く気配がないところを見ると、騒ぎに加わる気はないらしい。
「なんかヒガンって犬みたいだね」
「じゃあシャーク君は猫だね。虎型だし」
「人の部下勝手に動物にせんでよ。否定はできひんけど」
礫はケラケラ笑いながらも視線はリルの背後に向いている。
ミルと目が合ったのか、手を振るがミルはさらに隠れる素振りをする。
すると足音も立てずにミル目掛けて歩き出す。
「わいはあんたが気になんねんやけど。もう意地悪せぇへんから喋ろうや」
「やっぱり意地悪したんじゃない」
横目でミルを見れば助けを求める様な目でこちらを見ている。
「してへん、してへん。そういやリル、今から時間ある?」
「見ての通り貸切状態だから時間はいっぱいあるよ。事務所に移動しようか」
「よろしゅう」
一歩前に進もうとしたが後ろに引っ張られて元に位置に戻る。
振り返れば不安そうな顔のミル。
「礫君も連れて行くからいいでしょ」
「……うん」
渋々手を離してくれたので、振り返らずに礫と一緒に扉に向かって歩き出す。
扉を出てすぐ横の階段を登り二階の事務所に二人で入る。
礫がソファに座ったのを見届け、カチリと鍵を閉めて扉を背にする。
「それで、何?」
「ほんまに異名保持者やないって事にしておいてええん? いつかは絶対バレると思うけど」
「またその事? 何回も言ってるでしょ、今異名がバレた方が面倒くさいことになるんだって。それにそこまで気にしなくても何人かは知ってるし、もし他の人にバレた時はその時どうにかするしね」
何度目かわからない質問にため息混じりに答える。
フォミ達の異名取得を提案した時からしつこいくらい同じ質問をされていて、もううんざりだ。
「そういう君の部下二人は僕の事知ってるの? この間会った時は知らない感じだったけど」
いつの間にか備え付けのお菓子を食べ始めていた礫に質問を投げかけるが食べる手は止める事なく、このまま話を続けるようだ。
「敢えて教えてへんかってん。その方がおもろいからね」
猫口でクスクス笑う様は腹立たしいが今ここで手を出す訳にもいかず、再びため息を吐く。
「あ、もちろん今は知ってんで。せやからシャークもヒガンもあんたに絡まんかったやろ?」
「はぁ、まあ僕の事知ってる人は一人でも少ない方がいい――」
「リル・シャンド『玄武・隠された表裏』、確かにあんたん場合は四獣やから異名一つバレるだけで全部分かるからね」
――玄武。
最近はそう呼ばれる事も少なく、馴染みも愛着もないその異名は耳障りでしかない。
そして完全防音とはいえ誰が聞いているかわからないこの状況下で四獣として呼ばれるのは不快極まりない。
不快だ、とてつもなく不快なんだが――それより不意に呼ばれた名前の方に身体が動きを止める。
面倒臭そうに扉にもたれかかっていた身体を起こし、早歩きで礫の元に向かい、座っているその黒髪を見下ろす。
「一つ教えておいてあげる。僕はその名前が大嫌いだから。僕はただのリル、そこの所お願いね」
いつもと同じ口調、しかしどこか威圧感を感じさせる物言いに気づき、礫が見上げる。
「『異名を正式に伝える時はフルネームで』規則やからしゃあないやろ」
「フンッそもそも異名で呼ばないでくれるかな」
礫の向かいのソファに腰をかけ鼻を鳴らしながら腕と足を組む。
「そないな事よりもうぼちぼち目的教えてくれへん? 群れるのが嫌いやったはずのあんたが何で急に仲間集めをし出したんか。わいには教えてくれてもええんちゃう?」
「目的なんてわかりきってるじゃない。この店を守る事、それ以外は全部どうでもいいんだよ」
涼しい顔でそう話すリルの顔を見定めるように見つめてくる。
「それは表向きの目的やろ。ほんまの所は何がしたいん?」
「――教えないよ、君だからこそね」
そう言い放ったリルは普段のお調子者の様な顔ではなくなっていた。




