No.19 同志
せっかくリルの隣まで移動してきたのだから居座りたかったが、礫がリルに何か言いたげな顔をしているので元いた場所に戻る。
元いた場所とはつまりシャークの隣だった。
トートを殺すと公言していた彼に気を遣って距離を取ってもよかったのだが、礫同様、シャークもフォミに何か言いたげな顔をしていた為、隣に居座る。
「……おい」
予想通り数拍置いて声をかけてきた。
「何かしら?」
尻尾を一振りしてシャークの顔を覗き込むが顔は前を向いたままで絶対に目を合わせてくれない。
「あー……腕の傷はもういい、のか」
出てきたのは思いもよらぬ言葉だった。
しかし眉間に皺は寄ってる上に言いたくなさそうに話す所を見ると礫辺りに怒られたのだろうか。
確かにあの日の一番の重症者はフォミだと思う。
しかしフォミ自身は完全な自己責任という認識で、特に気にもしていなかったが素知らぬ顔で返事をする。
「ええ、その日の内にソルくんのケイルで治してもらったわ」
「ならいい」
「心配してくれたの? トート嫌いなんでしょ?」
「ッ余計なお世話――」
人の心に土足で踏み込むような態度を取り続けたらこっちを向くかな、と思って敢えて嫌な事を言ってみたら割とすぐだった。
――冷静なフリして沸点の低い人。
目があった瞬間、ケイルを浮かび上がらせる。
フォミの頭の中に知らない記憶が溢れかえる。
面接の時とは違ってしっかりと見る。
レーベンに擬態してまでトートを憎む理由が知りたかった。
「お前その目……見たな」
「職業病みたいなものだから気にしないで」
ケイルを消し、シャークの方を見ると相変わらず機嫌が悪そうに腕を組んでいるが、今度は普通に目を合わせる。
フォミのケイルを知ってる人は目を合わせてくれないことが多い。
シャークもその一人だったようだが、もう見られてしまったのなら、とヤケになって目を合わせてきているのだろう。
自分より顔一つ分くらい背が高いシャークを見上げる。
「もちろん今見た事は誰にも言わないから安心してね」
「お前は人畜無害みたいな顔してる割に性格が悪い」
「よく言われるわ。育ての親の性格が悪かったからかしらね」
口元を隠してクスリと笑うとシャークが深いため息を吐く。
キルからあの時何があったのかは聞いたが、まさかこんなに懐いているとは予想外だった。
ヒガン自身についてだけは勝手に教える訳にはいかない、と言ってどうしても教えてくれなかったので尚更心配になる。
「キルさんキルさん」
キルの真横に居座り続けていたヒガンがキルの目の前に移動し、名前を連呼する。
「ん? どうしたヒガン」
それにキルがにこやかに返事をするので満足げな顔になりキルの手を掴む。
「キルさんも異名保持者になったのでさらに遊びに来やすくなりました!」
「そうなのか。なら好きな時に遊びに来い! 仕事の時以外はここにいるはずだからな」
「はい!」
掴まれている手とは反対の手でヒガンの頭を撫でる。
確かにヒガンはソル達より若いだろうが所詮他人、しかも男に触れているキルを見るのはいい気分ではない。
「……ねえ」
ソルは重い口を開け、ジト目でヒガンを見る。
キルの交友関係を崩したい訳ではないが、ヒガンがどういうつもりなのかわからないから扱いに困る。
「何ですか」
レイの事を無視していたので自分も無視されるかと思っていたが案外ちゃんと答えてくれた。
しかし、その顔から笑顔は消えるのは変わらない。
「何でそんなにキルに懐くの」
逆にキル以外を何でそんなに嫌うのかも本当は聞きたいが、心底嫌われて口を聞かれなくなっては困る。
黙ってキルと密会でもされたらたまったもんじゃない。
「別にいいじゃないですか、男の嫉妬は醜いですよ」
そう言うと今度はキルの腕に隠れるようにしがみつく。
これがレイのような大の大人なら手を出していたが、幼さ残る少年を叱責する訳にはいかない。
「やっぱりキルって変な人にばっかり好かれるよね」
精一杯の嫌味だがそれがキルに届く事はないだろう。
「そうか? 俺は楽しいぞ!」
「それだとあなたも変な人って事になりますね」
ヒガンがベーっと舌を出しながら意地の悪い顔で言う。
ぴゃーッ!
ハクが怒って毛を逆立ててるが、背中を撫でて落ち着かせる。
ヒガンの言う事もあながち間違ってない。
「おいレイ、お前さっきから何見てんだ」
キル達三人の様子を凝視していると、向かいに座っているエンが訝しげ表情になる。
「んーちょっとね」
最初は見てて面白いから見ていたが今のレイの興味は別の所にあり、考え事をしながら疎かな返事を返す。
エンの隣に座っているフィーがレイの視線の先を探る仕草をして、突然戦慄が走ったような雰囲気を醸し出す。
「……ヒガンを見てるの?」
「んーちょっとね」
視線を動かす事なく、やはり返事は疎か。
「可愛かったら男の人でもいいの?」
「んーちょっとね」
それを聞いてエンもフィーと同じ表情になり、レイの視線の先を見る。
「……ん? 待って違うよ! オレは男不可! 勝手に誤解しないで?!」
「あ、そうなのか。俺もてっきり」
「ちょっと?!」
少し遅れてフィーの言葉の意味を理解し、慌てふためきながら手や翼や尻尾をバタバタさせる。
ちゃんと話を聞いていなかったレイも悪いが、勝手に結論づけて話を進めるこの二人も悪い。
「じゃあ何でそんなに一生懸命見てたの?」
「それは――」
「女装させるにしても本人の同意を得ろよ。じゃないと捕まる」
「ち・が・う!! もうこの二人やだ! オレの事何だと思ってるの! ちょっと気になる事があるだけ。もうここから見るだけじゃわかんないから確認してくる!」
そう捨て台詞を吐くとバタバタと席を立ちヒガンの方へ早歩きで向かっていく。
「なんだあいつ」
「さあ……」
足早にキル達の元に駆け寄るとソルがこちらに気づき目が合う。
「ほら来たよ、変な人」
「ねえねえ」
ソルの毒舌に屈せずヒガンに話しかける。
さっき無視されたばかりで少し気まずいが気になったんだから仕方がない。
「……何ですか」
今度は返事をしてくれたが今すぐにでも逃げられそうなので結論を急ぐ。
「ちょっとごめんね」
言い終わる前にヒガンの脇に手を差し入れ、たかいたかいの要領で持ち上げる。
「えっちょっと! やめてくださいよ!」
「レイどうしたんだよ?!」
手足をバタつかせ身体を捩るヒガンに身体を蹴られながらも降ろそうとしない。
「一体何なんですか! やめてくださいって言ってるのが聞こえな――」
「やっぱり!」
レイの歓喜の声にヒガンが身体をビクつかせ、少し大人しくなる。
「女の子だったんだね! ヒガンちゃん」
嬉しそうに尻尾を振りながら優しく地面に下ろす。
「この前抱えた時におかしいなぁって思ってたんだよ! やっぱり女の子だった!」
本音を言えばレイは一度触れている相手に変身できるので、それを使えば一発でわかったのだが、流石にそれは気が引ける。
キルの事は不可抗力だったとはいえ調子に乗ったな、と少し反省をしていてあれから一回もキルには変身していない。
「はぁ……その事があったからあなたとは絶対関わらないって決めていたのに最悪です」
不貞腐れた様にレイに背中を向けると必然的にキルと向い合わせになる。
それもそれで気まずさはあるらしく顔を背ける。
「ヒガン本当か? だから俺の事あんなに気にしてたのか?」
「う……そうですよ。キルさんも男装してたのでどうしてるのかちょっと気になったのもあったので。まあキルさんの話聞いてたら僕の男装の理由なんて大した事じゃなくて言い出せなかったんですけどね……キルさんにばかり話させて自分の事は黙っていてごめんなさい」
キルの方に軽く頭を下げる。
キルとその他との態度の違いに驚き直したが、とても素直な子だ。
キルを好くのも、その他を嫌うのもこの子なりに何か絶対的な基準があるのだろう。
「警察は男性しか所属できないので礫さんに無理言って男装を条件に席を置かせてもらっています」
そう言いながら上目遣いで恐る恐る顔を上げるとキルが微笑ましい顔でヒガンを見ていた。
「……どうしたんですか。すみません、しょうもない理由で」
「しょうもない理由なんてある訳ないだろ。大丈夫だ」
「……」
そう言ってキルは優しくヒガンの頭を撫で、ヒガンも大人しく撫でられている。
「今は一緒にいないが俺には妹がいるんだ。お前と話しているとどこか懐かしい感じがしたんだが、そういう事だったんだな」
満面の笑みで、今度は両手でわしゃわしゃと優しくも乱雑にヒガンの頭や頬を撫で回す。
「キルさん……!」
ヒガンも顔をあげ、キラキラした目でキルの顔を見つめる。
「女の子ならいつ遊びに来てもいいよ。けどあまりベタベタしてたらハクが噛みつきに行くから」
ハクを膝に呼び、匂い覚えておいて、とこっそり言うソルはゴールのない独占欲の塊って感じでもはや哀れになってきた。
しかし背中を向けられていて顔はちゃんと見えないが、ヒガンは将来絶対に美人になるとレイの直感が言っている。
「それにしてもよかったぁ……それで間違えてたらあそこのヤクザと可愛い子にもっとあらぬ誤解を受ける所だったー。ねえねえヒガンちゃん、今度どこかに遊びに行こうよ! おごるから――」
「キルさん! 今度一緒に出かけませんか?」
レイの言葉を遮り、アイデアを横取りしてキルを遊びに誘う。
「じゃあオレも混ぜ――」
「おっいいな! 次の休みに遊びに行くか! 二人で」
「はい!!」
「えぇ……」
悪気のないキルの言葉が心にくる。
いいな、オレも可愛い子と一緒に遊びに行きたい……




