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No.16 涙が出そうになる感覚

 気づけば外は夕方で、体ももう動く様になっていたのでレイの寝ているテントに移動する。

 するとミルもいて、レイも丁度帰り支度をしている所だった。


「フィー! 体はもう大丈夫なの?」


 いの一番にミルが声を出し、フィーの安否を確認する。


「ありがとう、もう大丈夫よ。レイ、さっきはごめんなさい。傷は大丈夫だったの?」


「応急処置してもらったから後は帰ってソルに治してもらう事にしたよ。それにこんな傷、フィーちゃんが無事なら全然オッケー!」


 レイの重心が不自然に傾いている事に気づく。

 横腹を庇っているのを隠そうとしているのだろうが、隠し通せるほど軽傷でも無かったのだろう。

 しかしそこを突っ込んだらレイに恥をかかせてしまう。

 フィーがもう一度、ありがとうと言って微笑む。

 レイが尻尾を振ってニコニコしながら頭を撫でてくれようとする。

 悪魔型の尻尾は犬型の尻尾と似たような動きみたいだ。

 しかしレイは不意にフィーの後ろに目線をやると何故か手を引っ込めてしまった。

 フィーも振り返るがそっぽを向いているエンしかいなかった。


「日が暮れる前に戻るぞ」


 エンがテントから出ると、来た時と同じようにヨザクラの人達が並んで頭を下げているので、エンも頭を抱えてため息を吐く。


「もう帰るからな。これからは組織内で解決してくれよ」


「はい、お気をつけて」


 トーリが頭を下げる。

 少し涙ぐんでいたように見えたのだが気のせいだろうか。

 エンを見ているとコクとシロが近づいてくる。


「目を余る行動があればすぐに沈める。頭に刻んでおけ」


「ありがとうコク。私がおかしな事をしたらあなたが止めてくれるのね」


 そう言い微笑むとコクは嫌そうな顔をしながらその場から離れてしまった。


「本当に馬鹿な子ね」


「ごめんなさい、後でコクに謝っておいて……」


「はいはい」


 他の人との挨拶が終わったのかいつの間にかエンが歩き出し、それにレイとミルが着いて行っていた。

 フィーもそれに気づき急いで着いていく。

 少し進んでシロの方に振り返り微笑みながら手を振る。


「また来るわね」


「わかったから早く行きなさい」


 ため息混じりの返事に満足し、足早にエン達を追いかける。

 ミルが少し先で待っていてくれたので合流する。

 名残惜しいがここでシロとコクとは一度お別れだ。






 しばらくレイと話しながら歩いていたが、ミルがレイを呼んだので自然にレイとエンの立ち位置が入れ替わる。


「……フィー大丈夫か?」


 シロ達の元を去ってから初めての会話。

 その一言目が気遣う言葉とは、やはりエンは優しい。


「ええ、お陰様で大丈夫よ」


「よかった……」


 伏せ目がちに俯くエンの横顔を真っ直ぐ見る。

 エンはいつも優しいわ。

 それは今も昔も変わらない。

 そういえば昔、エンに小屋に呼び出された事があったわね。

 その時の記憶は曖昧なのに、その後からエンの事を――ん?

 そういえば何でエンに必要以上に近づいても怖くないの?

 それにシロの事もコクの事も大切だけど何でエンだけ特別側にいてほしいと思うの?


 シロとコクに向ける感情と、エンに向ける感情が少し違う事に初めて気づいた。

 そうなったきっかけが何かあるはずだ。

 こんな事初めてで、戸惑いながら記憶を呼び起こしできる限りのことを思い出す。


「暖かかった……?」


 一瞬脳裏をよぎる、覚えのない感触。

 これは一体何だろう。


「どうかしたか?」


「何でもないわ」


 戸惑っている事を悟られたくなくて素っ気ない返事になってしまった。

 今思い出した事、ちゃんとエンに聞かなくては――


「二人ともー! そろそろ関所だよ」


 いつの間にか離れてしまっていたミルが呼んでいる。

 関所に着いていたようだ。

 関所の中は簡素で、受付側には何も置いてない。

 それとは対照的に受付人の待機場所は食べ物や娯楽品が散乱している。

 明らかな職務怠慢。

 こちらを見ると面倒臭そうに座っている受付人が椅子を回し、カウンターに唯一置いてあるパソコンに体を向ける。


「所在地と名前とランク、ここを通る理由。早く」


 気怠そうに頬杖を突きながらこちらを睨み付ける目はあまり好きではない。


「異名『アングラの狂猫(モノクローム)』だ」


「――ッ?!」


 エンが異名を名乗ると目を丸くしてパソコンに何かを打ち込んだかと思うと、頬杖をやめて椅子にキチンと座り直し態度を一変させる。

 異名保持者はそれだけ他のトートと立場が違うと言う事。

 何でこんな制度ができたのかはよくわからない。


「他のやつ……他の人はど、どうですか?」


「Bランクミル・キラー、所在地はトーオン地方のサキヅキ町の近くの桃源郷、ヒュープル地方から仕事帰り」


「Bランクのフィー・ディフィシットよ、後はミルと同じ」


「AAランクのレイ・アパシー・サクセサー! 後は同じ!」


「はい……だいじょうぶです」


 現時点で異名保持者は百人くらいいるらしいがこの人は会った事がないのだろうか。

 行きに受付をしていた人は無表情だったがこの人は顔面蒼白、体調が悪そうだ。

 変な人、と思いながら関所を後にする。


「エンがいたからスムーズに通れたね!」


 ミルが嬉しそうに背伸びをしている。

 理由はわからないがミルは関所を嫌っている。


「ねえねえ行きも通ったけど毎回受付しないといけないの?」


「そっか、魔界にはこんなの無いよね。めんどくさいけどトートの現在地把握のために毎回しないといけない事になってるんだよ。異名保持者は異名名乗るだけで通れるから楽なんだけど……前フォミと通った時は何回も聞こえないフリされたりしたから通るのにもっと時間かかったよ」


 レイなら飛べば地方の境界塀なんて関係ないだろうに。

 しかし一昔前に塀をよじ登って通過したトートが蜂の巣にされたことがあるからおすすめはできない。

 しかし関所を通らずに地方を移動する訳ありな人は一定数存在するだろう。


「えぇ……オレも一人で通る時気をつけよ……てかミルちゃんせっかく異名保持者なのに指名手配犯だったから名乗れなかったんだね。でももう手配は取り下げになったんだから名乗っても良かったんじゃないの?」


 言われてみれば確かにそうだ。

 指名手配されてた理由は聞いていないけど、晴れて取り下げられた今は異名を隠す必要性はないはず。


「う……ちょっと色々事情あって……」


 気まずそうに明後日の方向を見る。

 ミルがこうもあからさまに隠し事をするのは珍しい。


「あっ! 関所で嫌がらせされた時の対処法教えようか?」


「対処法なんてあるの?! 知りたい知りたい!」


 実際対処法なんてないけど。

 何を教えているのだろうか。

 少し離れてしまって何を話しているのかまでは聞こえない。

 猫型は通常型より聴覚が優れているのだが、フィーは帽子で隠してしまっている為、通常型より少しよく聞こえる程度の聴力しかない。

 ふと、隣を歩くエンの顔を覗き込む。

 そして頭によぎるのは先程言えなかった事。

 少し時間が経って心の整理ができた今なら言える気がする。

――でもここじゃない。


「エン、ひと段落したら私の部屋に来てくれる?」


「ん? わかったすぐ行く」


 二つ返事で了承してくれた事に心臓が疼くような感覚を覚える。

 この感覚は涙が出る時の感覚に似てるからあまり好きじゃない。

 桃源郷に着くと、レイは診療所に向かい、ミルはフォミに報告をしておいてくれると言うので、お言葉に甘えて四階にある自室に向かう。

 エンも本当はソルに治してもらわないといけないらしいが大した事ないと言うので先にフィーの部屋に向かう事になった。

 少し動悸がするような気がして胸の辺りの服を掴むが一向に収まる気がしない所か酷くなっていく。

――何でこんなに緊張してるの?

 それでも歩みを止める訳ではなく、自室のドアノブに手をかける。

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