No.15 もう離さない
人の話し声や足音がする、でも近くじゃない。
ここはどこだろう。
……少しずつ思い出してきた。
エンが助けに来てくれてシロに連れ出してもらった。
そこから多分気絶して――
ゆっくりと目を開ける。
思い出した記憶が自分で作り上げた都合のいい妄想の可能性があるから少し怖い。
うっすらと開けた目に眩しい光が差し、人影が見える。
見慣れた白い人影。
「シロ……?」
「あ、やっと正気に戻った?」
よかった現実だった。
ベッドから上体を起こし、辺りを見渡すと医療テントのようだ。
テントの外では大勢の人達が忙しそうに足速に行き交っている。
「ごめんなさい、私またシロ達に助けてもらって……その、あの人は――」
「言わなくていいわ、さっき私だけエンさんから聞いたから」
「……エンは知ってたのね」
いつから知っていたのだろうか。
汚れている――知っていたならそう感じたはず。
それなのに皆と同じ様に接してくれるから気づかなかった。
――本当にどこまでも私に救いをくれる人。
「エンさんも一人だけ全部知っちゃったから余計フィーの事気にしてるんだろうね」
「……」
何て返事をすればいいのかわからない。
エンは同情でそばにいてくれるのだろうか。
毎日どういう目で見られていたのか考えると無意識に背中を丸めてしまう。
「エンさんがあんたの事どれだけ気にしてるかわかってる?」
「……」
わかってる。
レイの事でエンが駆けつけてくれた時は本当に嬉しかった。
一目見てエンだってわかったのにわからないフリをした。
そうでもしないと喜んでいるのがバレてしまいそうだったから。
フィーに喜ぶ資格はない。
エンが家族から離れないといけなくなってしまった理由を作ったんだから。
その事もあってシロの質問に余計答えることができない。
エンにはずっと申し訳ないと思っている。
「もうッ!」
シロが突然大きな声を上げて立ち上がるので伏せていた顔を上げる。
「あんたがいつまでもそんな態度なら私がエンさん貰うわよ!」
「ッそれはだ、め……あ――」
咄嗟に出た言葉に自分でも驚き、再び顔を伏せる。
エンは物じゃない。
駄目という言葉を使うこと自体間違っている。
そもそも咄嗟に出た言葉だ、すぐに訂正しなければならない。
「えっ、なに、あんたもしかしてエンさんの事――」
「待って違うの、今のは勝手に口から出ただけで……違うの……」
「何が違うの。違うなら本当に私がエンさんの隣をもらうわよ。あんたは知らないだろうけど……本当なら私はエンさんの許嫁だったの。フラれたからその話はなかったことになったけど、私は諦めてないから」
「そうだったの……なら尚更エンはシロ達といた方が幸せよ。私の近くにいるとエンはたまに悲しそうな顔をするから」
こんな事話すつもりじゃなかった。
エンには幸せになってほしいだけなのに、私といると不幸になるのはわかってるのに。
「ッあんたは――」
――この相反した気持ちは誰かに言えば収まるの?
「心からそう思ってるの、そう思ってるはずなのに――そばにいてほしいと思ってしまうの。久しぶりにエンに会った時、私が言うと断れないのをわかって桃源郷に入るよう誘ったわ。そうなる事は私が一番よく分かってるはずなのに、我慢できなかったの。ごめんなさいシロ」
エンがギニアとの事を知っていたのは今知ったが、フィーを気にかけている事は知っていた。
エンの良心を利用した悪行。
そんな酷いことをしてまで側にいて欲しかった理由が未だにわからない。
シロはしばらく黙っていて、しばらくして静かに椅子に座った。
片手で頭を押さえてため息をつく。
「はぁー本当、面倒くさい性格してる」
――幻滅されたかもしれない。
この期に及んでまだそんなことを考えている。
何て愚かしい。
「あんたはもっと自分に正直に生きた方がいいわよ。私はもう自分の気持ちをエンさんに伝えてる、あんたはまだでしょ? それまで待っててあげるから、わかった?」
その言葉を聞いて驚き、シロの方を見る。
呆れているような顔はしているが少し口角は上がっている。
そんな顔しないで、エンの時みたいにまた甘えてしまう。
「ありがとう、迷惑ばかりかけてごめんなさい……たまに話しにきてもいい?」
「変な所で遠慮しない子ね……いつでも話に来なさいフィー」
今日初めて朗らかに微笑むシロを見てフィーも吊られて微笑む。
「ありがとう、シロ」
エン、シロ、コクはフィーの本当の世界の始まり。
大切な大切な宝物。
再会出来たからには絶対に離れたりしたくない。
エンの事になるとシロが断らないのはわかっていた。
フィーは同じ事を繰り返す。
コクは鋭いからこんな手は通じない。
でもエンとシロがいれば自ずとコクもいてくれる。
――優しいあなた達を利用している私をどうか許して。
この心情にフィーは気づかない。
気づいている事に気づかない。
気づいてしまったらもう戻れない。
あの人の匂いがする。
誰かがフィーが起きた事を伝えたのだろう。
ドタバタと音を立てながらテントが勢いよく開かれる。
馴染みのあるスーツから馴染みのない服に着替えた愛しい人。
「フィー! 起きたか?!」
「エン、さっき起きたわ。もう大丈夫よ」
呼吸を乱しながらすぐ様フィーに駆け寄って行く。
先の戦いでは息一つ上げていなかったのに。
「そうか、よかった……」
「レイは大丈夫なの?」
フィーもフィーで先程までエンの事で慌てふためいていたのにもういつも通り。
その冷めたような態度は昔と変わらず健在でさっきまでのフィーは夢だったのではないかとさえ思う。
あんなに大嫌いで許せなかったのに弱った姿を見たらそんな気も失せてしまった。
エンを小馬鹿にした様なあの目も態度も大嫌いだった。
俯瞰した態度で何しても自分には関係ありませんみたいな顔も。
でもあのいけすかない態度に理由があったなんて思いもしないじゃない。
私がフィーの立場にあったら――考えただけでゾッとする。
昔の事で脅していたり、地位や金銭目的でエンに再び近づいたなら容赦しなかった。
でも聞いてみればただの両片思いなんだから嫌になっちゃう。
私に勝ち目が無い事はもうわかってるし、フィーは無意識に自分の気持ちに蓋をしてる。
あーあ、今の内にアタックすれば私にも少しくらい勝機あったかもしれないのに。
この子は昔の事を何一つ気にしてないお人好しのいい子ちゃん。
私に無いものは全部持ってるけど、本来持たなくていいものも沢山抱えてる。
「可哀想って思っちゃったらどうやって憎めっていうのよ……」
誰にも聞こえないように小さくそう呟く。




