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No.10 気づかない

 あの日から毎日毎日毎日、辛くてしょうがない。


「ひっ……ひゅっ、やだ、ぁあゆるして、ごめ、んなさい」


 抵抗はあの日以来していないが、意図せずパニックになる時がある。

 最初は時々だったが次第に回数が増え、気づいた時には毎回のようにパニックになるようになった。

 その時は決まって口を塞がれたまま壊れた機械を直すかのように軽く叩かれる。

 痛みはそれほど無いが、本当に物扱いされていると再認識させられるその行為は身体的な痛みよりずっとフィーを追い詰めた。


 トートの獣人には月に一度、一日だけ発情期がある。

 その型専用の発情抑制剤を飲めば余程の興奮状態にならない限りは普段と変わらず過ごす事ができる。


「来いッ!」


「いや、今日はいや、おねがいおじさん、明日頑張るからお願い今日は許してッ」


 しかしおじさんは発情期に抑制剤を飲む事はなく、その時は特に酷い事が起きて学校にも行かせてくれなかった。






 フィーが七才の時ついに自身の発情期が始まった。

 火照る身体に、下腹部の疼き、そして全身の感覚が鋭くなってしまったような、気持ち悪い感覚。

 立とうとして転けると、その衝撃が身体を駆け巡り反射的に蹲って動けなくなる。


「これ、もしかして……隠さなきゃ、見つかったらきっと――」


 初めての感覚のはずなのに今自分に何が起きているのか、そしてこれから何が起きるのかを瞬時に理解して隠そうとした。

 しかし同じ家に住んでいる上に、獣人相手に隠し通せる訳もなく、そして案の定抑制剤は飲ませてもらえずその日も決まって酷い目に合う。






 でもその日以外は学校に行かせてくれるのが唯一の救いだった。

 初めて学校に行った時に友達になったエン達に人間として扱ってもらうと自分は存在してる、人形じゃない、そう実感できて嬉しかった。


「フィーちゃんプラグアグリーたちにいじめられてない?」


「遊んでるだけよ」


 たまに大人や教室の人達にこうやって話しかけられる。

 そんな時は下手くそな笑顔で否定する。

――何も知らないくせに。

 だからあの事故の時は本当に悲しかった。


「...ッ危ない!!」


「……あ?」


 フィーがぶつかったコンテナの上には大量の鉄パイプが保管されていた。

 それがぶつかった衝撃で全部落ちてきた。

 コンテナの真下にいたフィーは無事だったが、エン達はそのパイプの下敷きになってしまった。


「やだっ……嫌だよ。エン、シロ、コク……ッ起きて!」


――死んでしまったかもしれない。

 恐ろしい考えばかりが巡り、急いで大人達を呼んできて事なきを得たがそれぞれが一生消えない傷を負う事になってしまった。

 それでも涙が出ない自分が心底嫌になる。

 その後はもっと一緒にいられる時間が増えたのでフィー自身は嬉しかったが、エン達の傷を見るたびに自分を責める。






 そんな毎日を過ごしていたある時、何かがあった。

 正確には記憶がないので、あったらしい、というのが正しい。

 数時間分の記憶がすっぽり抜けてるので何があったかはわからない。


「エン……」


「ッ!」


 話しかけるとそそくさと逃げられてしまう。

 記憶のない日からエンに避ける事が多くなって、また人形に戻ったようだった。






 それからしばらくして母親とおじさんが警察に連れて行かれ、フィーは離れた所にある孤児院に引き取られた。

 長い髪は管理が大変だからということで肩に当たるくらいまで切られた。


「これを被っておきなさい」


「……」


 そこでは色々な帽子をもらった。

 尻尾が無いなら獣人である事を隠せと言うことだろう。

 瞳孔の形も違うし匂いも違うから隠せる訳ないのに馬鹿な人達。

 抜け殻になってしまったフィーは異名保持者の義娘と嫌厭され、通常より少し早めに孤児院を出る事になった。

 気づいた時には何故か帽子を手放す事ができなくなっていた。

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