No.22 嘘つきは嫌い
何の前触れもなく現れた上司はレイの方を見る事なくヒガンの方へ早足に近づいていく。
「わっ! もう一人の……尻尾と獣耳あるじゃん。あんたもトートだったんだ」
「こっちにも事情がある。詮索するな」
レイを乱雑にあしらいながらも足は止めない。
そして血溜まりの隣にいるヒガンの目の前で立ち止まる。
近くで見て初めて気がついたが制服の所々が切り刻まれて出血した跡がある。
もう血は止まっているようだが、全体的に薄汚い。
「シャークさんどうしたんですか、そんなにボロボロで」
「お前こそ何してる。下までお前の血の匂いが流れてきた」
「それシャークさんが獣人だって知らない人が聞いたらプロのストーカーもびっくりの変態で――」
「ケイル使っただろ」
話を逸らすための茶化しは全く意味を持たずに気化する。
シャークは獣人特有のひし形みたいな瞳孔を隠すためのコンタクトを付けている。
そのせいで瞳孔は大きいとも小さいともいえない微妙な大きさ、の筈だったのだが今のシャークの瞳はどう見ても獣人の物だった。
ケイルを使って半獣化したのだろう、いつもその拍子にコンタクトが耐えられなくなってこぼれ落ちる。
菱形の瞳がこちらを見て一気に気まずくなる。
「……はい。でもシャークさんもトートだってバレてるじゃないですか。ならおあいこですよね、怒らないでくださいよ」
口を尖らせて目を逸らす。
しかし礫からの言いつけを破ったのはシャークも同じだという事に気づき、視線を戻して反論する。
「俺とお前じゃ訳が違うだろ。帰るぞ、もうここに用はない。礫さんも待ってる」
「はいはい、どうせ僕は孤独な混血ですよー」
「そういう意味じゃ――」
わざと目を伏せて寂しそうにすれば分かりやすく慌てるので面白い。
「そういえば僕の質問には答えてくれてないですね。何でそんなにボロボロなんですかぁー?」
「別にいいだろ」
徐に顔を背ける様はまさに猫を連想させる。
虎だけど。
「負けたんですね」
真顔で矢継ぎ早に結論を言ってやると顔はそっぽを向いたまま目だけがこちらを見る。
「……『アングラの狂猫』がサシでの勝負になった途端豹変した。帽子の女も自分がいない方があいつが本気でヤレるってわかった上でわざと俺の攻撃を受けて獣化した」
「なるほど、負けたんですね」
引き続き真顔で負けた事を連呼したので「うるさい」と言われてしまった。
負け慣れてない人はこれだから面倒くさい。
――もっと負け癖をつけてくださいね、負けて負けて、次も負けるんだろうなーと思っている所に僕がトドメを刺してあげますよ。
病は気から、と言うように自然治癒能力の高いトートは勝敗は気から、と言っても過言ではない。
つまりは気合いでどうにかなってしまう時もある。
そんな事をボーっと考えてしまうのは貧血で意識が朦朧としているからだろうか。
やっと赤みが取れてきた視界を手で擦っていると頭の上から強い声が降り注ぐ。
「いい加減立て。礫さんが待っている」
「今立てません。少し休憩したら立てるんで礫さんと先に帰っててください」
実を言うとシャークが現れてから何度も立ち上がろうとしていた。
なんとか腕を動かすことはできるが足が思うように動かない。
血を流しすぎた。
「礫さんをこれ以上待たせる訳にはいかない」
「え、何ですか……ちょっ!」
目の前にシャークがしゃがみ込んだと思ったら、突然ヒガンの脇に腕を差し込んだ。
そしてそのまま立ち上がる。
抵抗しなければ見えるのはシャークの背中のみ。
――所謂俵担ぎ。
これは貧血的にも精神的にも辛い。
今日は小脇に抱えられたり肩に担がれたり、皆僕の事を荷物か何かと勘違いしてるんじゃないですか?
「貧血なのに乱暴しないでくださいよ!」
「そうなったのは自業自得だろう。行くぞ」
「ゔぅ……」
そういうとシャークは階段の方に歩き出す。
ヒガンが重いのか普段より歩く速度が大分遅い。
――重くて悪かったですね。
ふと顔を上げると呆れた様な顔をしている男二人と、その間で仰向けに倒れているキルと、その上に乗ってる白い生き物。
キルはどこか嬉しそうな顔をしている様な気がする。
何を言ってももう止まってくれないと悟り、その体制のままキルに話しかける。
「キルさん――僕は嘘が嫌いです。だから……絶対また来てやりますからねっ! 後悔したってもう遅いですよ、しつこいくらい喋ってやるんで覚悟しといてください!」
まだキルを完全に信じきれた訳じゃない。
だからこそ強気に言ってやる。
キルの返事次第で本当に信じられると思ったから。
「後悔なんかする訳ないだろ! いくらでも聞いてやるからまた来い!」
「っ! はい!」
ヒガンは久しぶりに笑った気がした。
少し涙ぐんでいた事は本人しか知らない。




