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たださみしかっただけ  作者: 朝月
三章 警察
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No.17 知りたくない

「キル、また部屋荒らしたの?」


 窓もない、電気をつけていない暗い部屋にドアからの光が差す。

 ソルが電気をつけると部屋にはベッドや棚など必要最低限の物しかないが、棚の中身は全部ぶち撒かれ、シーツは破け、ゴミは散乱している。

 キルはその部屋の中央に蹲っている。

 右目には包帯、片足にどこにもつながっていないが足枷のような物も付いている。


「俺の部屋だ。お前に関係ないだろ」


 光のない目でソルの方を向く。


「片付けるのは僕だから関係なくはないんだけど……まあ好きでやってるだけだから別にいいけどね」


 ソルはドアを閉め、キルの足枷を外すと散らかした物を手慣れた様子で勝手に片付け始める。

 こんな生活がもう何ヶ月も続いている。

 掃除をしてもらっている間にもキルは起き上がろうとせずに蹲ったまま何もない壁を見つめている。


「はい、掃除おしまい。次は体見せて」


 腕を優しく引かれて起き上がる。

 起き上がっても特に自分では何もしない。

 服とズボンを脱がされ、タンクトップとボクサーパンツだけにされる。

 これも毎日、一日に何回もされる。


「……今日は無傷だね。よかった」


 ソルは安堵の表情を浮かべ、今度は服を着せてくる。

 前に自分の爪で全身を引っ掻き回したり、噛みちぎろうとして以来、ソルは神経質になってしまった。


「……サラシ返せよ」


 視線を落とせば、お前は女だと嫌でも思い知らされる事が我慢できない。

――男にならないといけないんだ、これはいらない。

 キルが表情を変えずにそう言い放つと服のボタンを止めている手が止まる。


「駄目、この前サラシで自分の首締めようとしたじゃない」


 そういえばそうだった。

 取られたのはあの時だった。

 もう少しソルが来るのが遅かったら逝けたのに。


「いいじゃないか別に、俺がどうなろうと。もうほっといてくれ」


「……絶対放っておかないからね。今ご飯持ってくるから待ってて」


 服を着せ終わり、部屋を後にしようとするソル。

 いつもだったら目を離す時は忘れずにつけられていた足枷を付けるのを忘れている。

 あれは少量の幻力石が入ってる特注の足枷。

 幻力石に触れると忌力を使う事ができないのは共通だが、体に及ぼす影響には個人差がある。

 敏感な人は触れていなくても近くにあるだけで気分が悪くなったりするが、耐性のある人は少量だったら触れていても身体機能に影響は出なかったりする。

 キルは後者だった。


――うん、わかってるよ母さん。


 先程まで指先一つ動かさなかったキルが両手を自分の顔の前に持ってくる。

 まず、右手に固有武器を出す。

 そして間髪入れずに左手にも――


「ッ!! キル!」


 ドアノブに掛けていた手を離し、キルの両手首を掴む。

 右手に持っていたハンマーが音を立てて床に落ちる。

 二つ目は出せなかった。

 また邪魔されてしまった。


「キルは固有武器出したら死ぬって何回も……ッ忌力が少ないんだからこんな事しないで、忌力を使う行為は極力避けて……ごめん、僕がそれつけ忘れてたのが悪いのにね」


 ソルの手の震えが手首から伝わってくる。

 何でそんな悲しそうな顔をしているんだろう。


「わかってる、一つ出したら枯渇症で済むけど、二つ以上出したら死ぬ可能性がある。わかってるからやってるんだよ」


 相変わらず表情は変わらない。

 知り合った頃はソルの方が無表情だったのに今では反対になってしまった。


「この部屋に死ねるような道具は一切ない。だったらもうこうするしか無いだろ、それともなんだ。ソルが殺してくれるのか? 俺はそれでもいい」


 手首を掴んでいる手を振り解き、今度はキルがソルの手を持つ。

 そしてソルの手のひらが自分の首にくるように持っていき微笑む。

 口は小さく弧を描いているが目は笑っていない。


「自殺できないなら、殺されるならお前がいい、殺してくれ」


 微笑んだまま目を瞑る。

 さっき忌力を使ったから身体が怠い。

 早く眠りにつきたい。

 ソルの手の震えは止まらない。


「許さないから、死ぬなんて僕が絶対許さないから――」


 その言葉に頭にきて閉じていた目を開き、地面を殴りつける。

 その拍子にソルの手は首から離れる。


「じゃあどうすればいいんだよッ……もう俺は許される方法が死ぬことしか思い浮かばない――それにずっと母さんに死ねって言われてる。今だって」


 目と耳を塞ぐがその声は小さくなる所か大きくなるばかりで、苦悶の表情を浮かべる。


――何で私を殺したの。

――私が死んであんたは生きてる。

――憎い。


――死になさい。


 瞼で蓋をされ真っ暗になっている視界。

 耳からは殺してしまった母の声。

 一度眼を閉じてしまうとまた開けるのが難しい。

――なんだ、母さんじゃない声が聞こえる。


「……僕はキルが居なくなったら悲しいよ。それこそ死ぬほどに。声が怖かったら聞こえなくなるまで僕がずっと一緒に居てあげる。弱音を吐きたくなったら僕に吐けばいい。助けて欲しい時は僕に助けを求めればいい」


 自然と目が開いた。

 目の前には悲しそうに笑うソルがいた。


「何でもしてあげるから、お願いだから生きてて僕はキルが好きなんだよ」


 真っ直ぐこちらを見る。

 キルも真っ直ぐソルの目を見る。

 こんなにちゃんとソルの顔を見たのはいつぶりだろうか。


「……俺もソルがすきだ」


 ソルの体が跳ねた気がした。

 だがもう言葉は止まらない。


「妹の事もすきだ、あんな母さんでもすきだった、皆すきだったんだ。でも皆が俺をすきでいてくれているのか、ずっとわからなかった。そんな中ですきな人を殺した。もうどうしたらいいかわからないんだ」


 体が震え始めて視界が霞む。

 頭にひとつの言葉が浮かぶ。

 ダメだ、こんな事を言う資格は俺には無い。


「俺の事すきって言ってくれたのはお前が初めてだ」


 やめろ。

 それ以上何も言うな。


「そんなお前にこんな事言っていいのかわからないけど俺は――」


 キルの言葉は遮られ、突然全身に感じたことのない重みが加わる。

 背中に回っている腕も、肩に置かれた頭も、キルにとっては生まれて初めてのことだった。

 その全身を包み込まれているような暖かさは少し震えている。


「もうわかったから、もう十分、大丈夫、大丈夫だから。僕がキルの事好きなのは変わらない、きっと……ううん、これからもずっと変わらない」


 言ってしまいたい。

――ダメだ言うな。

 この暖かさに飲まれて。

――思い出せ、自分のした事を。


――ダメだ、溢れる。


「ソルごめんな、ごめん......たすけてくれ」


 震える声で助けを乞いながらソルの服にしがみつく。

 そして眼帯をしていない左目から大粒の涙が次々と溢れ出す。

 嗚咽も止まらない。

 泣くのなんて赤ん坊の時以来だった。


 しばらくソルに抱きしめられながら泣いた。

 気づいた時には母の声は聞こえなくなっていた。


 母に殺されそうになった理由なんて知らない。

 みんなにどう思われているのかなんて知らない。

 自分が他人の事をどう思ってるかなんて本当は知らない。

 ソルが何で優しくしてくれるのかなんて知らない。


 知らない――知りたくない。

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