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たださみしかっただけ  作者: 朝月
三章 警察
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No.16 キル・パリサイドは

 そんな生活が数年続き九才になった。

 何人目かわからない居候の男がいなくなったその日、母の機嫌はいつもより悪かった。


「母さん……? どうしたんだよそんな顔して、何でそんな物持ってるんだ? なあ母さん――」


 母は固有武器の果物ナイフを構え、体は小刻みに震えている。

 明らかに正気ではない様子を心配したキルが少しずつ近寄っていく。

 すると堰を切ったように母の口から今まで聞いた中で一番大きな怒号が響いた。


「……ッ! 私を母さんって呼ぶなッ! あんた達がいるせいで……あんた達のせいで私は幸せになれない! どんなに頑張ったって好かれようとしたって男たちは私の元から離れて行く! あんた達さえいなければッ!」


 そう言い放つとナイフを振りかぶる。

 避けようと思えばできた。

 しかしいつも妹を庇っている時の癖で体が避けようとしなかった。


「……ッ」


 ナイフから赤いドロついた液体が垂れ、キルは右目から血を流す。

 痛いと声が出るという事さえこの体は忘れてしまった。

 しかし息を荒げ興奮状態になっている母を止める術なんて知らない。

 キルは黙って右目を抑えている事しかできなかった。


「殺してやるわ、あんたもあの子も」


「お姉ちゃん!」


「――来るな!」


 壁際で震えている妹の声で我に帰り、妹を静止しようと声を荒げる。

 声を荒げている時は母親に似ていると自負している。

 目の色以外はあまり似ていないと言われるのがいつも悲しかったが、どんな所でも似ている所があれば目の前にいる女の人と自分との間に血の繋がりがあるのだと安心できた。

 いつも通り妹は隠しておいて自分が身代わりになればいい。

 ソルには面倒かけるがまた手当てしてもらおう。

 そう思って母の方へ振り返ればナイフの矛先は自分ではなく妹の方へ向いていた。


「ふッ……!」


 そしてそのまま妹の方へ突き進んで行く。

 狭い部屋だ、一秒もしない内に妹の所へ辿り着いてしまう。

 思わず母の腕を掴み、自分の方へ引き寄せる。

 この時生まれて初めて母に抵抗した。


「あんたから殺されたいの? いいわ、どっちからでも、結局同じ事だから」


 すぐさま標的を変えたナイフはキルの体を傷つけ続ける。


「うぐ……やめてくれ母さん」


「だからッ母さんって呼ぶなッ!」


 ナイフを持っていない方の手で突き飛ばされ背中から倒れてしまう。


「私はあなた達の事一度も自分の子供だと思った事ないわ」


 そう言い放つとキルの腹を踏みつける。

 そして果物ナイフの本数を増やし両手に握りしめ振りかぶる。


「ぁ……」


――あ、死ぬんだ。


 目を瞑る暇もなくナイフは近づいてくる。

 咄嗟に、ソルの顔が浮かんだ。

 今日もあの場所で待ってるんだろうな。

――ちゃんとお礼が言いたかった。

 その瞬間、腹の辺りが鈍く光った。

 光は一瞬で形を作り出し、すぐに質量を持つ。

 キルの無意識下での生存本能が固有武器を出現させた。

 キルの固有武器は大きなハンマーだった。

 母と自分の間にはほとんど距離は無く、さらに初めて出した武器は生憎の長物で、実体を持った瞬間目の前の母が壁へと吹き飛んだ。


 匂いがする、鉄の匂い。

――近すぎる壁に打ち付けられたのは誰だ。

――ナイフが刺さってるのは誰だ。

――今、息絶えたのは誰だ。


「……え? どうして、母さ、こんな……う……あぁああああ!!!!」


 生まれて初めてこんなに大きな声を出した。

 不思議と涙は出ない。

 出るのは声だけ。

 見えなくなった右目と頭を押さえる。

 頭が痛い、何も考えられない。

 視界に閃光が走る、ぼやける。

――身体が、倒れる。


「キル……?」


 ソルの声が聞こえた?

 しかしもう幻聴か本物か確かめる術がない。

 もう身体を起こす事も、目を開くこともできない。


 誰かが身体を触っている気がする。

 近くで新しい血の匂いがした?

 右目が暖かいのは何でだ?


 意識が朦朧としていても微かに何かを感じていたがここで完全に意識を失った。

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