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たださみしかっただけ  作者: 朝月
一章 桃源郷
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No.3 おやすみなさい

 運転席の男は運転を続けている。


「どうしてわかった。俺は通常型だ。お前らみたいな獣人と違って瞳孔の形も丸いし、髪も染めてる。レーベンと見分けは付かないはずだぜ」


「この人で時間稼ぎしてたんでしょう? すぐに見捨てられて可哀想に」


 助手席から離れ、運転席に近づく。

 男は焦った様子もなく少しニヤつきながら辺りを見渡す。


「元からいたCランクに新しくBクラスとAAクラスか、上出来じゃねえの。お前らはまとめて奴隷販売店行きだよ。このままな」


 どうやら車は目的地を変える事なく走り続けているようだ。

 後部座席の女性はその言葉に肩を震わせて怯えている。

 そんなに怯えなくても大丈夫なのに。

 ミルと目を合わせる。

 するとミルがニコリと笑うのでフォミも少しだけ笑い返す。


「ねえあなた、何で自分の素性がバレてたかちゃんと聞かなくても大丈夫なの?」


 小首を傾げ、ミルに向けていた笑顔のまま男に問う。


「別に。そういうケイルなんだろ? さっきそいつに使ってたやつ。店に着いちまえば関係ねえよ」


 そう言ってこっちを見ることもせずに答える。

 まるで先を急ぐ様に。


「何に怯えているの?」


 まるで全てを見透かしている様な声色。


「なに言ってんだよ。怯えるのはお前の方――」


 男は前だけ見てるせいで気づかなかったようだが、会話の途中でフォミの右目は赤くなっていた。

 瞳には『暦』の文字が浮かび上がっている。

 そして首に硬いものを当てがう。


「しまっ――」


「もう遅いわよ。ミルちゃん運転変わってくれる?」


 首元に出現させた大鎌に怯んでいる間に運転席から引きずり下ろし後部座席に連れ込む。

 そしてミルが操縦者を失ったハンドルに急いで手をかける。


「男の子なのに情けないわね。私みたいな非力な女の子に押さえ込まれるなんて」


 男の首に大鎌を押さえつける。

 少しでも力を入れられれば血が出てしまいそうなほど近くにある凶器に身動きが取れないままでいるようだ。


「固有武器で脅しといてよく言うぜ」


「あら、ならあなたも固有武器出していいわよ? あなたの固有武器は何? ナイフ? 剣? それとも槍とかかしら?」


 その言葉に男は突然黙る。

 それをわかっていたかの様な口ぶりでフォミは続ける。


「出せないんでしょ? 知ってるわよ」


 男の手首を見ればリストバンド……に見える片手だけの手錠の様な物、『幻力石』だ。

 後部座席の女性がつけられていた手錠と同じ素材の物だった。


「幻力石……ケイルも固有武器も使えなくなって身体能力もレーベン並まで落とされる石、これじゃあ私に押し倒されるのも無理ないわね」


 だってあなたは今はレーベンと変わらないもの。

 そこまでいうと男は体の力を抜き、抵抗をやめたようだった。

 フォミがすべてを知っていることを悟ったのだろう。

 強制的に押さえつけられていた体勢をやめ、自主的に地面に横たわる。


「あら」


 その男の様子を見てフォミはさらに嬉しそうな顔になる。


「何を嬉しそうにしてやがる」


「私のケイル『暦』は相手の目を見れば記憶を見ることができるのよ。体に触れれば記憶の追体験をさせる事もできるしね」


 そう言って男の背中に掌を添える。

 ビクリと体を震わせ冷や汗をかき始める姿は無様で可哀想で実に楽しい。

 フォミのケイルの発動条件を勘繰っているのだろう。

 直接触れないといけないのか、服越しでもいいのか、この2つで意味が全く変わってくる。


「それで、そのケイルで俺がトートだと暴いたということか? そんな自慢話に付き合ってられねぇよ」


 それで図星をついたつもりだったのだろうか。

 なんて浅はかなんだろう。


「いいえ、違うわよ。ミルちゃんもう着きそう?」


「うん、もう着くよ」


 どこに着いたのか確認しようとこっそり外を覗こうとする姿はまるでイモムシのよう。

 それで私に気づかれていないつもりなのかしら。

 フォミはにんまりと微笑み、その様子を見つめている。


「ほら、お兄さんが行きたがってたお店だよ」


 ミルが運転席から降りて男の横のドアを開けるとそこは精肉店の看板をぶら下げている店だった。

 精肉店はカモフラージュで本当は奴隷販売店だけどね。


「ど、どういう事だ……?」


 目的地についたと言うのに焦った様子を見せている。

 まあ壁には穴が空き、所々から煙が出ているのだから無理もない。


「ミル達がお兄さんの情報を仕入れたのはここって事だよ! 先に目的地を潰してたって事。でもミル達が救出する予定だった子はまだ来てないって言われたからこの車を襲ったって訳」


 それを聞くと輸送されていた女性は軽く頭を下げ、お礼の言葉を述べる。

 しかし誰が自分を助けることを依頼したのかわからないので私達のことも少し疑っているようだった。


「それについては話があるんだけど」


「ちょっとミルちゃんまだ」


 フォミが呼び止めるが女性とミルは車を降りてどこかへ行ってしまった。

 逃げるなら今しかないと思ったのか男が匍匐前進のようして少しずつフォミから離れるような仕草をしたので咄嗟に大鎌を振り下ろす。


「残念。後、数センチ動いていたら刺さってたのにね」


 逃げる様に仕向けられていたことも気づかず可哀想な人。

 仕事も邪魔されて、運搬対象の奴隷にも逃げられて本当に可哀想。


「忌力が回復するのをッ! 待ってたのか…ッ!」


 今日初めて男の言う事が的をいていたので少し目を丸くする。

 確かに運転中はケイルを使えるほどの忌力は残っておらず、そこで抵抗されていたら後部座席の人たちと同じようにただ気絶させるだけにしなければならなかった。

 でもそんなのつまらないじゃない。

 楽しみは最後まで取っておきたいわよね。


「そうよ。このお店をミルちゃんと2人で潰して……それですぐに車の襲撃。忌力なんて残ってる訳ないじゃない。固有武器1つ出して、少しケイル使っただけでもう限界よ。あなたがそれに早く気づいて私に目隠しでもしたら勝機は1%くらいはあったかもしれないわね。ケイルは紋章や目を覆われたら使えないから」


 再び背中を人差し指で撫でると、体を強張らさせる。


「私のケイルについてまだ話してない事があるわ。記憶の追体験の時、痛みとかの感覚、感情、全てを体験させられるの。意味がわかるかしら? あなたが奴隷だって事を配慮して……捕まってから服従するまでの記憶。あの時とっても辛かったわよね。だからこうして従ってる訳だし」


「まさか……それだけはやめ――」


 男の声はすぐに遮られる。


「何回も、何回も、何回も、何回も……追体験させてあげるわ。私が飽きるまで、それかあなたが廃人になるまで。それにあなたの記憶の中での時間の進み方と現実での時間の進み方は違うの。だから起きたら何十年も経ってるなんて事はないから安心してね。それじゃあ、おやすみなさい」


 同族を平気な顔して売れるようになってしまったあなたの過去は一体どれだけ悲惨なのかしら?

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