No.3 手のひらの上で踊る
礫がミルの事を指名手配犯の異名で呼ぶと同時にシャークがミルの後ろに回り込む。
そして制服から取り出したロープでミルの手を後ろ手で縛り付ける。
ミルは口では抵抗を続けるが、体は抵抗せずに従っている。
「ちょっと待って! 人違い! ミルはミル・キラー、名前違うじゃん!」
縛られても尚口答えをするミルを不快に思ったのかシャークがロープを持って扉の方へ進んでいく。
突然後ろに引っ張られたミルは半ば引きずられる形で歩き始める。
「観念しろ『死にたがりの死神』、名前なんてどうにでもできる。お前を探すのにどれだけの歳月と労力が使われたと思ってる」
「ひ・と・ち・が・い!」
足をジタバタさせて引っ張られている方向とは逆に行こうとしている。
自分の腕で綱引き状態だ。
「……暴れますね。あれ付けときますか?」
「せやな。本気で抵抗されたら逃げられるやろうから」
礫は制服のポケットから無駄に分厚い手錠を取り出しミルの両手にかける。
「それッ……まさか幻力石まで持ち出すなんて……」
ミルは体の力が抜けたかの様に項垂れ、立っているのが精一杯かのように肩で息をする。
「面倒な物を持ってきてくれたわね……」
フォミが礫を睨みつけるが気にも止められていない。
「幻力石?」
レイがリルに小声で問いかける。
魔界はトートばかりの世界だろうから知らないのも無理はない。
そもそも魔界には存在していない可能性もある。
「トートの力を抑える石だよ。天然石で貴重だから権力者かお金持ちしか手が出せない代物なんだけど、それに触るとケイルも固有武器も出せなくなる上に力もレーベン並みに弱くなって体も怠くなる。本当に迷惑な石だよ」
実際その存在が発見されたのはここ百年以内の話でミルにつけられている手錠のように加工して使われる様になったのはつい二十年前ほどだ。
「その石を持ってるなんてやっぱりあの人達は警察のトップ三の……」
リルのその言葉が聞こえた様でヒガンが不審な顔をしてこちらに近づいてくる。
そしてリルの顔を見つめる。
「んー貴方どっかで会った事ありますか? 僕らの顔知ってる人は少ないんですけど……」
顎に手を添えてジト目でリルの全身を見回す。
少し見回すと諦めたのか今度は腰に手を当ててふんぞり返ったような態度を取る。
「まあもう知られている様ですし一応紹介しときましょう! 僕が警察でナンバー三の『補佐』をやらせてもらってます、ヒガン・アバンドンドです。どうぞお見知り置きを」
そういうとボウ・アンド・スクレープの真似事の様な格好でお辞儀をする。
そしてクルッと後ろを向き、シャークの方に手を向けると自分の紹介をした時より気怠そうに紹介を始める。
「そこの帽子被ってるのがナンバー二の『副長』シャーク・ぺキューリア。あ、でも将来的に僕が役職を奪うので覚えなくていいですよ」
にこやかに下克上を宣言するのでシャークから、おい、とツッコミを入れられているがヒガンはお構いなしでこちらに向き直す。
「そしてナンバー一が『指揮官』の権保 礫! 何を隠そう礫さんはレーベンなのにトートとタイマン張れるくらい強い!! いやー礫さんには一生かかっても勝てる気がしません」
他国出身を思わす名前とこの国では聞かない訛り――隣のヒッポ大陸の人間。
どういう因果でこの国に移り住んだのかずっと気になっていた。
自慢げに話すヒガンを他所にリルは他国から来た礫が何故警察の一番上の立場にあるのかを考えていた。
トートと互角以上に戦えるというのも真偽が気になる所。
「――って事で抵抗はしない方がいいですよ。異名保持者じゃないあなた達じゃ少しでも邪魔したら公務執行妨害で即逮捕ですから! 死刑になりたくないですよね? じゃっまた会う時があったらその時はよろしくお願いします。もう会う事は無いでしょうけど」
警察トップ三と公務執行妨害と死刑を材料にこれ以上邪魔立てするなと脅し、ヒガンはこちらに背を向け扉へと歩いていく。
もう邪魔はされないと確信しているのだろう。
軽快な足取りで進むその歩みをフォミの一言が止める
「待ちなさい」
その言葉に気を悪くしたのか今度は不機嫌そうに眉間に皺を寄せてフォミの方を見る。
「さっきの話聞いてました? 僕たちも暇じゃないので、今のは聞かなかったことにしてあげますからありがたく思ってください。それじゃあ――」
再び前に進もうとしたヒガンをまたしてもフォミが止める。
「もちもん聞いてたわよ。それに聞かなかったことにしてくれなくて結構よ。桃源郷では従業員を見捨てる事は絶対に無いわ。例え相手が何者だろうとね。それに昨日ちょうど異名保持者の子が来てくれたから思いっきり抵抗するわ」
愕然として目を見開くヒガンを尻目にフォミはリルの隣へ歩いて行き他の従業員に目配せをする。
「皆、やっぱり誤魔化しきれなかったからもう好きにしていいわよ。エンくんの命令でね」
にこやかに微笑む顔はどこからどう見ても追い詰められた人間の顔ではない。
むしろ加害者に近しい。
その言葉を聞いて、エンが二、三歩前へ出る。
「初めましてで悪いが全部『アングラの狂猫』のせいにしろよ?」
片方の口角だけ上げ、薄く開かれた口からは獣人特有の犬歯が覗く。
リルの方から見える横顔、その顔こそが異名に相応しい。
「最初からそのつもりだったって事ですか!」
咄嗟にリル達から距離をとり、悔しそうに歯を食いしばるヒガン。
手を刀にかけようとしているのでこちらが妙な動きをすれば即刻斬るつもりだろう。
――まあそんな威嚇じゃ全然怯まないけど。
リルは一歩前へ出てわざと得意げな物言いで答える。
「そうだよ、最初から君達が何者かわかってたから出来れば穏便に済ませたかったんだけどね」
――君達は最初から僕の手のひらの上。
誰にも気付かれないようにリルの口は弧を描く。




