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たださみしかっただけ  作者: 朝月
二章 レイ
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No.20 何年経とうが可愛くて

 エンは立ち上がった拍子にフィーの前に立つ。

 フィーの隣にいるバンダナの犬型の視線が痛いが今はそんな事どうでもいい。


「――お話中にごめんなさい。あなたが私達にレイくんの事教えてくれた人って思っていいのかしら」


「ああ。俺は到着が遅れたが大事にならなかったならいいんだ……無事なら」


 フィーの向かいにいた猫型が口を開く。

 そういえば通信に出た奴はこんな顔と声だった気がする。

 部下から聞いた話を先に伝えておいて正解だった様だ。

 誰にも伝えていなかったら、チンピラに絡まれていたエンは間に合わず、何も知らない他の奴らも間に合わず、獣人だと気付かれなかったフィーは今頃この場にいなかったかもしれない。


「そう。今の話を聞いていたけどフィーちゃんとは知り合いよね?」


「いや、俺は――」


「幼馴染よ」


 なんて言う言葉で説明したらいいのか口を噤んでいたら、フィーから思いもよらぬ単語が飛び出してきた。

――幼馴染。

 そんな言葉で片付けられる関係ではない。

 否定を言葉にしようとした時――。


「小さい頃から一緒にいたじゃない。それって幼馴染でしょ?」


 フィーがさらに続ける。

 そんな風に言われると返す言葉もなく、エンは渋々俯く。


「わかったわ。改めましてレイくんの事教えてくれてありがとう、おかげで全く被害が出なかったわ。それどころか新しい仲間も増えて、本当にありがとう。何かお礼がしたいのだけど……」


「お礼なんていい。俺が勝手にしたことだ」


 もう用は済んだ。

 そう、目的は果たしている。

 このまま立ち去ればいいだけの話だ。

 俯いた顔をあげ、扉の方に向かって進み出す。

 別れの挨拶もする必要はない。

 振り返らない、そう心に決める。

 そうすれば後ろ髪引かれることもないのだから。


「ねぇエン君」


 そんなエンの決心も虚しく、男の声に呼び止められる。

 一瞬足を止めるが、再び歩き出す。


「君、ここに入るかい? 僕は君の事を少なからず知ってるんだけど、飛び出してくるのが容易な所じゃないでしょ? だから辞めたんじゃないの? 今更帰れるの?」


 事情が変わった。

 エンの進行方向は180度代わり、糸目の男の前まで急ぎ足で向かう。


「何だ、俺の事知ってるって事はお前達同業者か?」


 この糸目もバンダナも表にいると良くない。

 生まれた時から裏にいたエンの本能がそう告げる。

 バンダナがフィーの隣にいたせいでフィーの気配に気づけなかった。

 その強すぎる気配が周りを巻き込んでいる。


「いやいやまさか。トーオン地方の大半を仕切ってるヤクザグループ、ヨザクラの跡取り息子様の事なんて同業者じゃなくても知ってるよ、ってあれ? 言っちゃダメだった? ごめんごめん僕口軽くて、あはは」


 そのふざけた態度にエンは目を丸くする。

 そこまで事情を知っててその態度だとは思っていなかった。

 糸目の言う通りエンはこの大陸の裏社会の柱『ヨザクラ』の跡取り息子だった。

 トートならその名を出せば逃げ出し、レーベンだとしても誰も突っかかってこない。

 しかし組の名前は知れども構成員の、ましてや息子の名前と顔を知っている者は関わりのある人間しかいないはずだった。


「はぁー抜けてきたって言っただろ。もう一般人だぞ。経歴詐称してどっかで適当に隠居するつもりだったのに。で、お前はそれを知ってて俺を勧誘したのか、おかしな奴」


「ここではどんな肩書きがあったって気にする人は居ないよ。強制はしないけどどうする?」


「こんな大人しそうな人がヤクザなんて……まあさっきの動きは全然大人しくなかったけど……」


 バンダナが苦笑いをする。

 その時、フッと肌を突き刺していた気配が消えた。

 敵意を向けるのをやめたのか。

 バンダナの方を見るが見た目では先程までとの違いは全くわからなかった。

 しかし糸目もバンダナもマフィアからヤクザに呼び方が変わった事を知っているなんてやはりどうかしている。

 呼び方が変わったのは親父の代からで、内情をよく知らない人は以前と変わらずマフィアと呼んではシメられる、というのがお決まりの流れだったというのに。


「もし団体で来られてたらオレ死んでたじゃん」


 悪魔型が冷や汗を流している。

 考えてみれば何かと理由をつけて部下も連れてくればよかったのか。

 そうしたら事故にも遭わなかっただろうし、悪魔型がこの建物に近づく前に一瞬にして袋叩きにできていた。

 頭の中で何度シュミレーションを繰り返しても結末は今よりいい方向に向かっていた。

 腰に手を当てため息をつく。

 そんなエンを見てフィーは近づいていく。

 そして服をちょいちょい引っ張る。

 本物の子猫の様で本当に可愛い。


「エンどうするの? 入ってくれるならまた一緒にいられて私は嬉しいけど……桃源郷は待遇もいいわ、悪い話じゃないはずよ」


 沈黙したままフィーと目を合わせる。

 少し上目遣いで小首を傾げているのは多分無意識だろう。

 エンの頬が少し紅潮するが、それを振り払う様に咳払いをした。






「そういう訳で、面接に合格した従業員が一気に2人なんて滅多にない事だから今日は歓迎会も盛大にしようと思ったのよ」


 そう話すフォミの声がたまたま耳に入り、扉の方を見ると知らない2人が立っていた。

 働くからには礼儀は通さなければならない。

 席を立ち、扉の方へ向かっていく。


「獣人猫型のエンだ。今日からここで働かせてもらうことになった、よろしくな」


 差し出した手を快く取ってくれたのは眼帯の方だった。

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