No.2 トートとレーベン
後部座席に座っていた子はゆっくりと立ち上がり、運転席に向かって歩いてくる。
窓から入ってくる月の光で姿がハッキリと見えた。
頭にはバンダナを巻いて、腰ほどまである長い黒髪を一本の三つ編みにして揺らしている。
そして……尻尾。
尻尾がある。
先輩に助けを求めようと横を見ると、不思議と先輩は動じる様子もなく、冷めた目で前だけを見て運転している。
もしかしてこの三つ編みの子と先輩はグル?
人生の崖っぷちに立たされれば犯罪に走る人間を見極めていた?
そういえば後部座席に乗ってた人達はどこに――
「ひッ」
すぐに見つかった。
先程まで好き勝手していた同僚を探そうと少し目線を下げればそこにいた。
血を流して倒れていた。
「大丈夫だよ、殺してないから」
助手席の肩を持ち、俺を見下ろしながらその子は答える。
やっぱり先輩は気にも止めてくれない。
「トートに会ったことない人は初めて見たよ。お兄さんはレーベンだよね?レーベンは人口は多いけど戦う力は無いんだよ。普通の人はちょっと叩いたらすぐに伸びちゃう。でもトートは言わば戦闘種族?戦闘特化型人間?まあそんな感じで戦う力があるんだよ」
こんな風に、とその子は車のドアを小突くような仕草で叩くと、ドアが無くなった。
無くなったというより、壊れて地面に落ちたと言うべきか。
車は速度を落とさない。
「どう?お兄さんとは違うでしょ?後は自然治癒が高かったりー、あっ獣人!見て!尻尾があるよ。獣耳もあるし」
そう言って尻尾を見せてくる。
作り物だと思われない様にか少し振ってみせたりしている。
「ミルは犬型なんだよ。鼻がきくし他のトートよりちょっとだけ力が強いの。後多いのは猫型かなー。ね、フォミ」
「そうね、トートは通常型と犬型と猫型がほとんどよ」
また増えた。
状況が飲み込めないまま呆然と話を聞いていただけの俺の心情なんて誰も気に留めてくれないまま話は進んでいく。
薄い紫色の髪はおさげにされており、頭には獣耳。
やっぱり尻尾もある。
今度は細い尻尾だ。
「猫、型……?」
「あら、案外頭は働いているのね」
そう言って微笑みながら俺を見る眼は水色と黄緑色のオッドアイ、両頬には古傷がある。
よく見れば目の前にいる2人の瞳孔は自分とは違い少し楕円形だ。
「ミルちゃんは時間をかけすぎよ。もう夜なんだから早く終わらせましょう」
「この人がトートを初めて見るって言うからつい……」
終わらせる?
終わらせるって殺すって事か?
恐怖で体が動かない。
動いた所で走っている車から飛び降りる事はできないのだからもう詰んだも同然だが、とにかくこの場から逃げ出したかった。
「ねえ、トートを知ってもさっきみたいに庇ってくれる? ミル達みたいな獣人相手でも庇ってくれるのかな?」
お前らみたいな化け物だったら庇わなかったよ。
そんな事言える訳ない。
それどころか恐怖で声もでやしない。
先輩が正しかった。
盾付かず従っておけばよかった。
そうしたら今だって助けてくれたかもしれないのに。
何を思おうが後悔先に立たず。
死を覚悟した。
「うん、やっぱりレーベンはそうだよね。あの人がお兄さんは許してあげてって言うから聞いたんだけど……あの様子じゃもう良いみたいだね」
2人の獣人に憚られて見えなかったが、俺たちが運搬していた女の子が後部座席に座っていた。
目隠しをされていたから見えなかったが綺麗な目をしている。
その綺麗な目は俺を蔑むように見ていた。
「あ、後ねあの人はもう82才だよ。トートは体が全盛期になったら老化が止まるから」
俺は最初から何もかも間違えていたらしい。
恐怖でだんだん朦朧としてきた意識の中、猫型のトートの右目が赤くなっているような気がした。
あれ、右目の左下にあんな刺青みたいなのあったっけ?
そして意識を手放しかけた時――
「……頬の傷で見えなかったがお前ケイル持ちか」
先輩が硬く閉ざしていた口をやっと開けた。
「ええ、たまたまできた傷だけどうまく紋章を隠せてるでしょ? あなたはケイルは持っていないみたいだけれど」
その言葉の意味を理解する前に俺は意識を完全に手放した。