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たださみしかっただけ  作者: 朝月
六章 悪魔事変
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六章 No.2  直し屋

「お待たせ! 大工呼んできたよ」


「ちょっとぉ。大工じゃないってばぁ」


 リルの後ろにはふわーっとした柔らかい話し方をする男性――クラウが立っていた。

 左目の眼帯を隠すようにして伸ばしている髪は薄い水色で、水色の瞳の垂れ目の斜め下には紋章。

 灰色に近い色のスウェットを上下に着て、ハッピみたいな形状の藍色の羽織には『直し屋』と襟文字が入っている。

 羽織が両肩からズリ落ちているせいで必然的に長くなる袖で両手が完全に隠れてしまっているが本人はいつも気にしていない様子。


「クラウくん久しぶりね」


 フォミが話しかけると、それに気づいたクラウが嬉しそうに歩み寄ってくる。

 サンダル特有のパタパタという音が聞こえる。


「フォミもミルも久しぶりぃ、随分ボロボロだねぇ」


「久しぶり」


「ちょっと一悶着あったのよ」


 クラウとは久しぶりに会ったが、やはり背が高いので見上げるようにしなければ目が合わない。

 ふと、気配を感じて振り返るとエンが訝しげな顔をしているのでちょこちょこっと駆け寄る。


「あいつ直し屋じゃないのか」


「あれ、エン知ってるの?」


 ここからじゃ襟文字は見えないようだが、エンはクラウの顔を知っているような口ぶりだったので一瞬驚いたが、エンの前職を考えるとそう驚く事でもないのか、と思い直す。


「直し屋には二、三回依頼した事があるが……」


「誰なの?」


 エンが苦い顔をしているのでキキが興味津々に話に割り込む。

 興味があるのはキキだけではなく、他の皆も首を傾げているので紹介がてらクラウについて説明する。


「あの人は無機物なら何でも直してくれる直し屋のクラウ・ジキルだよ。ケイルで直すから一瞬で完璧に直るんだけど、依頼料が高くて大体の人はまず依頼しないんだよ。だから普通の大工に頼めないような、うちみたいな所が直し屋の顧客層かな。うちは開業当時からのお得意様だから少し値引きしてもらってるけどね」


「値引きって言っても元がバカ高いからな……」


 依頼者が警察に駆け込めないのを見越して金額設定している事を、こちらもわかった上で涙を飲み受け入れるのが通常運転。

 被害者は皆エンみたいに遠い目をする。

 しかしすでに被害者だったとは、エンには本当に悪い事をした。


「頑張ってね……」


「え?! 俺?!」


 エンは尻尾を立てて目を丸くすると青い顔をして壊れた店内を見渡し、一、二、と小声で数え出した。

 金額計算してる姿が可哀想だ。


「じゃあ始めるねぇ」


 クラウが手を振っているので振り返すが、まだエンは損害箇所を数えている途中だった。

 しかしそんな事知らないクラウは適当に壁に近づいていき、右目を赤くしケイル『直』を浮かび上がらせる。

 するとクラウが触れている箇所と繋がっている壁や柱等は時間が巻き戻っていくかのように直っていく。

 「あぁ……」とエンの嘆きが聞こえるが、心の中で謝ることしかできない。


「わぁ! もう直った!」


 無邪気に直った場所を触って喜ぶレイと項垂れるエンは対照的。


「次ぃ」


 そして店内が直ったのを確認するとケイルを浮かび上がらせたままクラウが店内を歩き、壊れたテーブルや机等に触れていく。

 備品の置いてある部屋にも入っていき、過去に壊れたテーブル等も直してくれている。

 直っていく店内、膝から崩れるエン。


「じゃあ依頼料はこの口座に振り込んでおいてねぇ」


「わかったわ」


 作業時間は実質十分程度。

 最終チェックを終えたクラウはフォミに請求書を渡し、フォミは金額を見ること無くエンに流す。


「はいエンくん」


「えぇ…… 」


 渡された請求書を怖くて見れないエンだが、薄目でチラッと遠目に見る。

 そんなに怖がるなんて前どれだけ請求されたんだろうか。


「……百、万ルド? うぇッ?! や、やすッ……ん?」


 百万を安いと言ってしまう辺り、きっと前は一千万を優に超える額だったのだろう。

 アンカリング効果でエンの金銭感覚が麻痺してしまった事は否めないが、それと共にクラウがそれだけ値引きしてくれていることに感謝する。


「じゃあ帰るねぇ。また何かあったら直し屋をご贔屓にぃ」


 にこやかに手を振りながら扉に手をかける。

 とても法外な依頼料を請求するような人には見えない。

 流石リルの友達なだけあるな、とミルが苦笑いする。


「じゃあ僕はクラウ君を送って行くね」


「ええ、いってらっしゃい」


 店を出たクラウを追ってリルも足速に店を後にする。






 リルが関所まで送って行くという事をわかっていながら足を止める様子のないクラウは、振り返って長い袖を口に当ててクスッと笑っている。

 追いかける姿がそんなに面白いか。

 こちらは何一つ面白くないのですぐにクラウに追いつく。


「随分従業員が増えたんだねぇ」


「少し前から一人ずつ地道に増やしたんだけどね。君を呼ぶのが久しぶりだったから一気に増えたように見えただけだよ」


 開店当初の桃源郷の破損頻度は今の比ではなく、月に何度もクラウを呼ぶ事もザラだった。

 跡形もなくなった事もあったが、クラウに掛かれば小さな破片さえあれば修復可能――流石に一律百万ルドの制約だけじゃ割に合わないのでプラスアルファで請求されたけど、もちろん断った。


「最初は君とフォミとミルだけだったのにぃ。あの時はやさぐれてて――おっと、この話は禁句だったねぇ」


「君はそういう事ができるからその仕事続けられるんだと思うよ。どこかの誰かと違って」


 この間、気配りもクソもない警察の指揮官にフルネームで呼ばれた時の事を思い出す。

 規則とか何とか言っていたが、あれは絶対に嫌がらせだ。


「……今からでも就職してくれていいんだよ? 僕達はいつでも大歓迎だから!」


「リルはいつも勧誘してくれるねぇ。でもぼくは今の生活が気に入ってるからいいんだよぉ。それに――」


 クラウは徐に左手の袖を捲るとその手で前髪と共に眼帯をかき上げる。

 大きな傷はあるが開くことのできる瞳、しかし光がなく視力も完全にない。

 そして斜め下にはケイルの紋章がある。


「ぼくはもう暴力沙汰は辞めたんだぁ。左目も潰されちゃったしねぇ」


 にこやかに笑う本人も怒っていないのだろうが、潰した本人に見せつけるってどういう神経しているんだろうか。


「暴力沙汰じゃなくてもいいんだよ。うちに就職して、直し屋続けながらそっちのケイルも使って桃源郷にお金落としてくれたら助かるんだけどなー」


「またまたぁ」


 クラウの眼帯の下にある二つ目のケイルを上手く使えば直し屋の仕事も倍以上に増えるだろうに何で使わないのか。

 恨みを買ったら困ると前言ってたが、それで困るのは守るものがある人だけなのに。


「でもまぁ……帰る場所があるのはいいなぁって思う時もあるにはあるんだけどねぇ――住所ないと配達一つ頼めないから困るんだよねぇ」


 前半の寂しそうに話していたのが演技なのか、後半の少しふざけたように話していたのが演技なのか。


「……まあ困った事あったらいつでもおいでよ。待ってるからさ」


「ありがとぉ。ぼくを引き入れたいだけなんだろうけど頭に入れとくよぉ」


 関所に着くとクラウは受付人に手を振る。

 すると見るからにバタつく関所。

――もう恨み買いまくってると思うんだけど。

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