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三篠家離散日誌  作者: 三篠森・N
第1章 三篠家崩壊編
21/31

第21話 三篠森・N、万策尽きる。

 大分間が空いてしまった。

 何か起きたか? 結局何も起きていない。

 そう、何も起きていないのだ! 今年の1月頃に、保健所や包括支援センター、ありとあらゆるところに協力を呼びかけ、母の心境の変化もあって俺は今年こそ何かが変わる気がしていた。しかし何も起きはしなかった。

 弟は相変わらず実家に立てこもり、俺たちは一歩も立ち入りを許されない。

 出来事らしい出来事と言えば、実家の金がほぼ底をついていることである。とにかく金がなく、金がなく、金がなく、金がない。

 俺も薄給ながら、ロケハンと称して国内に一泊一人旅によく行くが、それが唯一の贅沢だ。

 今年のゴールデンウィーク、俺は栃木に一人旅に行く予定を立て、やっすいホテルの予約をとった。しかしその数日前、母より衝撃のLINEが来る。


「実家のお金がないから、少し送ってください」


 おん……。ついにここまで来たか。怒りに先行して湧いた感情は悲しみであった。

 俺が薄給であることを知っている母がどれだけ忸怩たる思いでこれを言ったのかを慮ると悲しいばかりであった。

 俺はマザコンであるが、母はファザコンである。俺も祖父コンになってしまうほど、祖父は素晴らしい人物であり、拙作『アブソリュート・トラッシュ』では祖父の名前をモチーフにしたキャラクターが登場し、優遇されている。それくらい俺は祖父が好きだった。弟が難産だったため、半年祖父の元に預けられていた俺は祖父コンになっていたのだ。その祖父の葬儀では、弟が葬儀ボイコット未遂を起こしたためそのあおりを受けて俺だけ別行動かつ焼香の一瞬以外は葬儀会場出禁になったのは本誌既報の通りである。

 母はよく祖父の自慢をするが、その一つに「父はわたしたちに一度も金がないと言わなかった」だ。

 この時点で栃木のホテルはおそらくキャンセル料が発生するものと思われたため、結局栃木に入ったものの、普段は映画の予約とAmazonでしか使わないクレジットカードをフル活用した自転車操業の旅となった。

 これはいけない……。これは本当にどうにかしないといけないレベルまで来ているぞ!!!

 いつまで弟の意思を尊重しなければならないのかわからない。

 母は弟に「障害者年金を受けてくれ」と頼んだそうだが、弟は母に対し「あんた(弟は母のことをあんたと呼ぶ)が遊ぶ金を削れ」と一蹴したのち、「そもそも俺は友達に会えなくて誰とも遊べなくて辛いのに、あんたばかり友達に会うのはずるい」といつもの説教で追撃のキック。最早畜生を通り越して鬼畜である。

 さらに相変わらず続けている毎日1時間の『クレヨンしんちゃん』鑑賞だが、最近は母にも観ることを強要し、その間に母がスマホをいじったり家事をしたりすると


「もっと真剣に見て思いを共有してくれ」


 と駄々をこねる。

母がTVで何か好きな番組を観ていようと、時間になれば弟が問答無用でリモコンをとり、有無を言わさず『クレヨンしんちゃん』。

 ……。

 金の件とこの『クレヨンしんちゃん』強要事件を知って俺は弟の状態と家族の状態がさらに悪くなっていることを強く強く痛感した。

 これはさすがにヤバすぎる。もっと強い力、もっと迅速な行動をしないと家族の破綻は感情だけでなく、経済的に波及し全員が弟のせいで貧しくなる。これはもうひどすぎるよなぁ。それを母に訴えても

「じゃあお前が代わりにやってみろ」「誰もわたしのフォローはしてくれない」「何の助けにもならない父が悪い」

 といつもの調子。再び正常ではない精神状態に陥っており、すぐにでも泣き出してしまいそうだった。本人もうつ病であると言っており、その他にも体のあちこちに異常が発生し、そちらのフォローのせいで弟まで手が回らない状況になっている。

 迷惑と知りながら、再び保健所に連絡をするが、担当者が異動になったとかで新しい人になっていた。俺はもう一度この人に家族の惨状を訴えたが、この人は

「じゃあ何かあったらお母さまから連絡が来ると思うので待ちますね」

 といった論調で、先日この人に電話して我が家の進捗はどうですか、と尋ねても

「お母さまからは何も連絡はありません」

 と言った様子。以前の保健師も結果は出せなかったが、たまに母に電話して様子を聞いたりとやる気のポーズだけは見せていたので、それすら見せないこの保健師はハズレであり、役に立たないとわかった。


 さて……。金の件の後の栃木旅行を終えた俺は、翌月のクレジットカードの支払いを考えると死にたくなって休日に動けなくなり、布団の中で「もう動けない」とつぶやき続けた。

 ……。仕方ないので「いのちの電話」に初めて電話をかけてみた。何故ならカウンセリングにかかる金がなくなったからである。

 しかしいのちの電話の窓口で受けたのは説教であった。

「弟さんにお金を払ったらなんで死にたくなるんですか?」

「あなたが死んだら弟さんの問題は解決するんですか?」

 そんなに攻撃的なら都知事選にでも出てろバカタレ。


 しかし、保健所、包括支援センター、厚生労働省の引きこもり相談に電話をかけたところで、皆一様に口をそろえるのは

「医師の判断に任せます」

 であり、この医師は北欧式(笑)の「患者の意思に任せる」タイプなので、もう7年も結果を出していない。プロ野球選手なら7年も結果を出せないなら戦力外だ。山崎貴だって世紀の大駄作『ドラゴンクエスト ユアストーリー』から『ゴジラ-1.0』で結果を出すまでに4年しかかかっていない。7年間給料泥棒は異常である。何故母はこの医師に7年間も治療費を払い続けたのかわからない。水原一平も大谷翔平の金をガメていたが、やつはそれでも通訳の仕事は満足にやれていたはずだ。この医師は弟をよくさせるどころか現状維持すら不可能で、ここまで悪化・増長させている。我が家は弟、訪問看護師、医師と、金だけ持っていって仕事をせず、状況を悪化させるだけの水原一平以下を三人も抱えていたのだ。


 もうダメだ……。もうこれはやばすぎる……。

 父と相談し、次のステージに移ることにした。医療と福祉が役に立たないことはわかったので、法の出番である。

 警察と弁護士に相談する。

 果たして俺は、警察に相談したわけである。今までに何度も弟は通報されているのにいつも口頭注意で済まされて何もよくならないどころか悪くなっていること、俺たちの受けた仕打ちを事細かに相談した。警察の人は親身に取り合ってくれ、弟のやっていることは明らかにDVであり、これはもう医療保護入院の対象であると明言してくれた。このことをお母さまにお伝えしたいので、ご実家とお母さまの電話番号を教えてくださいと言われた。両方を教えたが、警察官は母の仕事中に電話をかけ、出なかったからとあろうことか実家に電話をかけた。実家には弟しかいないことは少し考えればわかるはずだ。案の定弟が応答し、向こうは警察であることを名乗ってしまった。その後すぐに警察からこういうことがあったが、用件は話していないと俺に連絡があったので、俺は母に

「警察から弟のところに電話が行ったけど、用件は話していないみたいなので、俺が落とし物をして警察に届け出たということにしておいてください」

 と口裏を合わさせたが、母からは「弟は警察のお世話にならなきゃいけないようなことはしていない!」と俺がブチギレられた。


 次は弁護士だ。お決まりの厚生労働省から紹介、紹介、紹介の絞り込みで法テラスまでたどり着いた。

 父は「母が弟に適切な治療を受けさせなかったから母を訴えろ」と常軌を逸したことを言っていたが、俺は弟による実家の占拠、家族に振るった仕打ちと暴力について訴えることにした。

 結果から言うとこれも上手くはいかなかった。父が弟から暴力を受けてケガをしたのは5年前、妹が蹴りの連打でケガをしたのは7年前である。昔過ぎて立件できず、実家の占拠に対しても10~20%しか勝ち目がない上に、勝ったところで裁判所からの書類は所詮紙切れだから相手に無視されればそれまで、そして弟さんは無視するような人でしょう? と理路整然と俺の希望は打ち砕かれた。

これにて俺は万策尽きた。


 さて、妹は利口で聡明な子である。加えてドライな子であり、実家とは完全に距離を取って恋人とネコ(俺から見た姪ネコ。名付け親は俺)と暮らしている。

 その妹と父、母で九州に旅行に行く予定を立てていたのだが、諸事情により断念となった。

 諸事情とは、実家のクーラーが壊れて母が父に金を送ってもらい、もう父にも金がないこと、そして史上空前の両親不仲である。何しろ父は母を訴えようとし、母は父のことを発達障害者と罵倒しているのである。

 こんな状態で九州に行けるか、と妹と二人で話し合っていたところ、妹は実家とは距離を取っており、もう諦めているが愛着はあることを明かしていた。妹が抱える孤独に触れられたような気がした。俺は怒りと恨みに任せ、弟への報復を糧にまだ実家に依存しているのだ。

 先日のこの随筆で明かしたように俺も十代の頃にブランクがあり、大学時代に妹に学年で追いつかれたが、現時点では妹は精神的には相当先を行っていた。


 さてこれも先日の随筆で明かしたことが、転職をした。

 転職直前には職場の皆様のご厚意で高級牛タンやプロ野球観戦など身に余る送別を9回もしてもらった。

 俺を可愛がってくれた最も仲の良い上司とも2回食事に行った。この上司は2年前に俺の心が折れた時、「ヤバいやん。休んだ方がええで」と背中を押してくれた大恩ある上司である。

 この上司が2回目の食事の時に興味深いことを言っていた。


「三篠さんで心配なのはご家族のことだけや。ホンマはどうしたいん? 家族が可哀そうなんか? それとも弟さんにやられたことで気が済まんのか?」


「両方です」


「わかった。ならな、もしご家族……お父さんお母さんの無念を考えてるなら、もうご家族のことは切り離して、妹さんみたいに距離を取った方がええと思うんや。でも、やりかえさな気が済まんっていうんなら思う存分やったったらええねん」


 俺の気持ちはこの言葉を聞く前から、家族の無念よりも己の怒りを源とする復讐であった。上司の言葉に従えば、弟に裁きを下すまで弟を恨み続けることになるのだが……。

 友人、家族、本来ならば解決してくれるはずの保健師や包括さえも「弟のことは忘れて切り離して生きろ」と言った中、この上司だけが俺の復讐を肯定……なのだろうか?

 俺自身が復讐の怪物になっているのなら、もう誰の言葉も耳に届かないと上司は悟っていたのかもしれないな。

 残念ながら俺はもうとりかえしのつかない復讐の怪物である。

 弟に裁きを下す手段は保健所、医師、訪問看護師、包括支援センター、厚生労働省、東京都、区、警察、弁護士に相談しても見つからず、どうやらこれらの方の手にも負えないか、面倒だから事なかれでオフィスラでスパイダーソリティアでもしてる方がマシだと判断したからか、この国には存在しないようだ。

 母もまた弟擁護の姿勢に戻り、


「あの子はツンデレなだけ」


 と言っている。

 俺にただ「諦めろ」と言っただけの人たち。もう二度と『スラムダンク』を読むな。俺は真矢みきと一緒に自分に「あなたの家族……。諦めないで!」とお茶のしずく石鹸で渋面を洗い続ける。

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