第20話 母を病院に連れていく。
前回の投稿から二か月ほど経ちました。
毒にも薬にもならぬ俺の過去など誰も興味はなかっただろう。すまない。
この二か月の間に、俺は母を病院に連れていくことに成功した。
俺の睡眠導入剤を処方してくれるメンタルクリニックの先生で、俺が高1で睡眠障害を発症して以降の付き合いなので我が家のことも熟知している先生だ。
先生とは事前に、母を旅行に行かせるよう説得してほしいと頼んでいたのだが、実際の母と先生の約40分のお話の中ではあまり先生はそれを推奨する様子はなかった。先生曰く旅というのは慣れている人は苦にしないが、旅慣れていない人は逆に長期の旅行は疲れてしまうということ、現在の母にはその長期旅行を行えるほどのエネルギーがないということだった。
実際のお話の中で先生が母に話していたのは、人間は精神のエネルギーを消耗しながら生き、何かの行動を取ることでそれを回復させ、また消費して生活していくということだったのだが、現在の母は消耗が激しいのに回復手段に乏しいため、回復しても常人の三割程しかエネルギーを溜められていないということだった。
また、女性には母性本能があるため、どうしても子供(この場合は弟)を見限れず、それを行動に移すにはやはり大きなエネルギーが必要だがやはりそのエネルギーが足りていないということだった。
しかし母から以外な発言が出る。
「次男にはもうほとんど愛想が尽きています」
「もう次男とは一緒に暮らしたくありません」
おぉ……。
大好きなQueenのコンサートで大分回復したみたいだな……。
ここから先は、最近の母との会話を交えて知った母の感情と近況、状況だ。
まず、母は最近ハイになってしまっている。いったん電話が繋がると、会話を切りたがらず、一方的に60分も90分も話している。映画の話、小説の話、音楽の話、野球の話、弟の愚痴……。母が会話に飢えているというか、まともな人間との会話を求めているように感じた。
LINEをしていても突然
「もう疲れ切って生きる気力がなくなった」
「しかし家族を不幸にしたのは自分なのだから自分が辛いなどと言ってはいけない」
「自分が家族を不幸にしたのだから楽になりたいなんて思ってはいけない」
と脈絡なく語りだす。それでも自殺未遂を起こした昨年末に比べれば、躁(多分)の状態の方が鬱よりはマシだ。
とにかく弟にウンザリしている様子だった。
仕事が終われば一直線に帰って弟の食事を作らねばならないのだ。だから寄り道は出来ない。例えば俺のような身軽な独り身は、仕事帰りに野球観戦だの映画だのに行けるが、母は29にもなった弟の食事のために寄り道が出来ない。しかし最近ではエネルギーブ足により料理が出来ず、お惣菜を買うだけだという。
そして家に帰れば、弟はずっと『クレヨンしんちゃん』だの『名探偵コナン』だのを何時間も観ており、母もそれに付き合わされる。子供向けが悪いとは言わん。だがなんだろう……。
そして相変わらず行動制限も続いているようで、母が遊びに行くことに恨み言を言っているそうだ。これはDVにあたると保健所から言質をとっている。
「自分は友達にも会えず、これだけ孤独で辛い目を見ているのに母ばかり友達にあってもいいのか」。そういう言い分らしい。だが母は労働・納税して働いているのだから、それぐらいやって当たり前だ。なんなんだお前は。
母曰く、弟がトレーニングに行く日が一日だけあるという。その日ばかりは早く帰り、家で一人で過ごせるたった一時間がとても貴重だという。
そんな母を、弟は「毒親」「親ガチャ外れ」「人の心がない人間」と言っているという。
どの口で……。もう7年……。俺が追い出されて7年だ。やつが大学を出て7年だ。その間一銭も稼がずDVしている人間を養っていれば、文句の一つも言いたくはなろう。
それでも養い、長きにわたり自分を擁護してくれた人間によくも間ぁそんなことが言えたものだ。
また、以前から言っていることだが弟は友人には会いたいが、ニートの身分じゃ恥ずかして会えないし連絡も取れないから自分では何もできないと……。
いや、いい年して子供向けアニメと筋トレとゲームだけで世界が完結している人間が、30にもなって部下が出来たりしているであろう社会人の友人たちと同じレベルじゃ話は出来ないぞ、と母が諭しても、弟は会えば中学生の頃に対等に話が出来る、と都合よく考えて主張しているそうだ。
たまに連絡をくれる友人もいるそうなのだが、弟曰くは「二軍のやつらとはつるみたくない」と跳ねのけているという。
サポート校時代の同級生も「高校にも行けなかったカス」とブーメランをぶん投げて見下しており、弟がサポート校時代に同級生や先生方を見下しているのは明らかだったという。
さらに親はニートをいつまでも支えられないということ……。母は65、父は73だ。収入は著しく低く、俺と妹は弟にくれてやる金はビタ一文ない。仮に俺がドジャースと1000億契約したとしても、通訳の24億の使い込みはまぁ司法に任せて涙をのむにしても、弟が1円でも俺の金を使ったのならばたとえ物書きが無期限休業になろうとも徹底的に取り戻す。そうすると弟は「俺だってプライド捨てればドカタで働けるんだよ。俺が働けば誰も文句を言わないだろ」とか抜かす。静岡県知事かよ。
要は、弟は人を選んでいるということだ。
俺や妹、父は攻撃対象となり、徹底的に排除してもまだ許さない。
自分に反発するようになった母は「毒親」「親ガチャ外れ」。
弟曰く「二軍のやつら」「高校にも行けなかったカス」はニートである自分から見ても未だに自分以下であり、話す対象ですらないようだ。
さらに職業差別もする。
しかし中学時代の仲良かった仲間たちは、今でも中学時代のように同じ話題で盛り上がれ、自分の孤独を解消し、今の状況を万事解決する特効薬だと思っている。
幼馴染の女の子や、前任の保健師はかわいいから好き。
警察官や祖母は目上だから、殊勝に「家族には悪いと思っています」「働かなきゃいけないと思っています」と噓をついて猫を被る。
まぁ、いよいよ母も愛想が尽きてきたようで、弟の気持ちを尊重して時間をかける訪問看護師や医師のスタイルは我が家にはあわないと悟ったようだ。ちなみにこのようにひたすら患者に優しいのは北欧式らしい。どうでもいいけど。
母も訪問看護師だが、母の事務所は弟級の困難事例は一刻も早くグループホームに入れる方針らしい。
だが母は、とにかく一刻も早く弟と離れたい、弟の面倒を見るのは手に余る、と。
……。母よ、勇気を……。
弟よ。29にもなって親ガチャだの二軍のやつらだのと、中高生のガキみたいなこと抜かすな。




