2話 三篠、大地に立つ。
この随筆を書き始める少し前に弟は通報された。
弟はご近所トラブルを起こしており、お隣さんは非常に善良で常識があり、分別弁えて、さらに話を聞くだけでも酸鼻を極める弟の蛮行に一年以上も耐えているってんだから驚きだ。
ご近所トラブルの源は騒音である。お隣さんのエアコンの室外機がうるさいからと夏場と冬場は行き場のない怒りを怒鳴りに乗せて共鳴バースト:大逆鱗クラッシュをぶちかましているという。また、お隣さんのお子さん二人はまだ幼稚園児と小学校の低学年、多少きゃいきゃいするのは仕方ないのだが弟はそれも許せない。
母はお隣さんと何度か話し合い、「何かあったら通報してくれ」とお隣さんと話をつけていたそうだが、それで逆上される可能性も考慮すりゃお隣さんからしても結局投げっぱなしでなんの解決にもなりゃしない。
一話を投稿した後で思ったのだが、俺はこの随筆で恨み辛みや愚痴を書くべきではないんだろうな。それはただ胸糞が悪いだけだし、俺の力量では機能不全家族に対する問題提起やご意見提出などは出来はしない。
一話のラストで触れたように、2021年夏、東京五輪中のみ許された俺と弟の束の間の仲直りと共同生活がいかに……。俺にとって貴重なものだったのかを軸にしていきたい。
だが「話せばわかりあえる」「いつかはきっと光が見える」「真摯に向き合えば和解できる」などという甘いことは言わない。
あの夏の停戦も、そして現在の休戦も、全て誰かの気まぐれなんだから。
昨年3月、急に母に実家に上がるように言われ、弟と雑談を交えつつ話が出来たことは本誌既報の通り。
弟がゲームとスポーツが好きなことは知っていた。
何しろジャンク屋を巡ってスーファミソフトの内臓電池をいじったりポンコツの機体を修理するような熱心っぷり、生まれる前に発売されたようなソフトでさえ「名作」と知ればプレイする。
その縦軸と横軸がバッチリかみ合った「スポーツゲーム」では無類の強さを発揮し、『プロ野球スピリッツ』ではカブレラ、ラロッカ、ローズ、フェルナンデスの狂気の外国人打線に俺の投手陣は粉砕された。
また、サッカーではフランス代表で当時マンチェスターシティ所属のナスリがお気に入りの選手で、『ウイニングイレブン』において俺はイングランドvsフランス、マンUvsマンCのカードで勝つことはなかった。
特段アニメ好きという記憶はなかったのだが、3月以降ぽつぽつと実家に帰宅して食事を共にすると『機動戦士ガンダム』のファンであるという新たな事実が浮かび上がった。
サッカーだろうと野球だろうと、『機動戦士ガンダム』の再放送の時間になるとそちらを優先する。観ているのは初代? の『ガンダム』であった。
こういうと大変に偏見で申し訳ないのだが見た目がいかにも、なキモい俺は周囲に『ガンダム』好きと勘違いされることが多い。職場でも弟のことで落ち込んでいた頃、心優しくテンションの高い上司に「まぁ『ガンダム』でも観て元気出しぃ」と慰められたのだが職場で『ガンダム』の話などしたことがない。別に『ガンダム』は……と伝えると「じゃあ『仮面ライダー』やっけ?」。まぁつまり俺はそういう見た目だ。
そんなことをなんとなく覚えていて7月から同居を始めた。当時の俺はゲーム実況者もこう先生の某夏休み満喫ゲーム(1本で2時間の大ボリューム!!)を見ながら地元を徘徊する不審者であった。そして偶然ガンダムのプラモデル……。通称ガンプラを置いていそうな店を見つけたのだ。しかし俺に『ガンダム』の知識はない。かろうじて言えば、この頃弟と一緒に観ていた『ガンダム』にはアムロとシャアが出る、アムロの乗るガンダムは『レディ・プレイヤー・ワン』にも出るってことを知ってた程度だ。
この最初のガンダム……。最初のガンダム?
最初ガンダムの一番安いプラモデルを買って弟に与えてあげたのだ。弟は「気ぃ使われるのも嫌なんだけど」などと悪態をたれつつも興味を持った。そして何より興奮していたのは母である。元よりジグソーパズルや裁縫のような手先を器用に使うことが上手でさらにそういったものを好んでおり、思い返せば『てれびくん』の付録のペーパークラフトなんかを幼少期は上手に組み立て、そういったことが苦手な父を煽っていた。仕事が多忙になるととうてい耐えられるものではないレベルの小言に勤しむ母はジグソーパズルなどを与えると大人しくなる。長所であり短所だ。この辺りは弟とよく似ている。
結論から言うと弟は最初に買ったガンダムのプラモデルには触れなかった。しかし東京五輪……。侍ジャパン、サッカー代表、なでしこジャパン等の試合を観るためにリビングに集い、母の組み立てるガンプラに関心を寄せる弟はまんざらでもなさそうだった。
俺は立て続けにガンダムのちょっといいやつ、そしてシャアの赤いのを買った。シャアの赤いので弟はやっと組み立て作業に参加したのだ。いただき!
俺が自室で『ゼルダの伝説 スカイウォードソードHD』をプレイし、仏像モチーフのボスキャラ“ダ・イルオーマ”を分解している間に弟はシャアの赤いのを組み立てて完成させた。
これに気を良くした俺は量産型の緑のも買ってきた。しかし弟はガンプラなら何でもいいという訳ではないらしい。
「これは赤いのと同じだからいらない」
という理由で組み立て拒否。母が組み立てる。
これが夏の話だ。
さて話は2022年まで一気に進む。2021年9月、急変した弟によって実家を再追放された俺はアパートに戻り、『アブソリュート・トラッシュ』を毎週投稿して自分の評価を下げることに勤しんでいた。これは自分でやってることだから許されるが、もし秘書が勝手にこんな風に評価を下げるようなことをしていたら俺が政治家じゃなくても「このハゲェーッ!」とどつきまわしていただろう。自分でやってるから評判が下がるのも自業自得だししょうがない。
さらに黒いあいつのシーズンも終わりに差し掛かりつつあり、なんとか10月の中頃にはアパートでの食事も解禁するなど実家に依存しない生活を取り戻していた。
一方で弟は実家で大爆発。俺が実家にいる間は抑えられていたお隣さんへのヘイトが抑えきれなくなり、朝から晩まで「殺す」などの暴言を吐き続け、さらに一度気なった室外機の音が耳について眠れず、日課の筋トレも行えず心身ともにボロボロの状態にあったようだ。
一応ここで言っておくと、二か月実家で過ごしたがお隣さんの室外機の音やお子さんのきゃいきゃいは気になるレベルではない。お隣さんのためにこれは言っておく。
それが10月頃からの弟の様子。
そこから母とお隣さんはミーティングを重ね、防音カーテンにする、家と家の間にブロック塀を立てる、二重サッシにするなど手を打ってきた。
12月24日……。これから『呪術廻戦0』と『キングスマン ファーストエージェント』を観に行くぞぉとウキウキ気分でスーパーに寄った俺は偶然母と遭遇する。そこで弟がその週の月曜日にお隣さんに通報されたことを知らされた。早朝の五時に婦警さんがやってきてきつい説教を受け、話を聞いてもらった上で「まず君がやることは眠ることだ」と的確なアドバイスを貰ったという。それ以降弟は落ち着き気味になったとか。
防音カーテンや二重サッシ等の効果、通報以降拒否するのをやめて薬を飲むようになったことも要素だろう。
そこで弟に付け込み、実家再々帰宅を目論んだんじゃないが、お正月ってこともあり、弟が以前漏らしていた『シャイニングガンダム』なるものを探してみた。弟はそのシャイニングガンダムが好きであり、シャイニングガンダムなら自分でプラモを作る、ってことをぽろっと言っていたのだ。しかしシャイニングガンダムは池袋の某大型店でも扱っておらず諦めていたが通販万歳だ。お年玉としてでもとっておいてくれたまえ、と受取先を実家に設定してシャイニングガンダムをポチった。
結果から言うとこれは大成功であった。弟は喜んでシャイニングガンダムの組み立てを始め、初日は20時から23時まで作業を続けてようやく両足を作り上げ、数日がかりで完成させた
この頃、俺は弟とは会わないことを条件に実家再立ち入りを許可され、通販サイトではわからなかった、シャイニングガンダムのスケールを見たかったので実家を訪れた。すると弟の方からリビングに降りて来て、今度は『ゴッドガンダム』なるものをねだり始めた……。
悪い気はしねぇぜ。それにプラモデルを作ることが弟のストレス解消や……アウトプット? そういうものになればいい、と俺は弟の意見度外視で超サイヤ人孫悟空とメガバシャーモのプラモデルを買って実家に押し付け、弟が組み立てたなら弟が不要の場合、五百円で買い取ることにした。さすがにこれは押しつけがましく失敗。
つい先日は弟との面会も許可され、一緒に食事をとった。
このプラモデル攻勢、弟はまんざらでもなかったようだ。続く『ゴッドガンダム』、そして先日届いた『ドラゴンガンダム』を現在制作中である。