第14話 三篠森・N、ハゲる。(汚い言葉注意)
俺の家系はフサフサである。母方はフッサフサ、父方もフッサフサだがロマンスグレーになる。
天パのため縮毛矯正をかけ、リセッシュをかけてヘアアイロンをかけてそこそこにいいシャンプーとコンディショナーを使って……。若い頃は染めたりもしていたが……。
担当の美容師さんはベテランだが野球とタバコと格闘技の話で盛り上がる。特にタバコの話だ。ベテランだがベテランならではの余裕と陽気による接客術、そしてオシャレなロマンスグレー。
だが先日、その美容師さんがややヒいたのだ。
「最近、毛が落ちてることない?」
「ないですけど」
「ストレスたまってない? あのね、髪が……」
円形脱毛症が出来てたぞバカヤロー!! 理由なんてアレじゃねぇかクソがぁ!
あとここでは見栄を張っても意味がないので言うが、俺は有期の非専任である。任期満了が間近だが、このタイミングで担当部署に呼び出された俺は……見栄を張るが要するに非専任の中で優秀だった俺は同業他社への推薦を受けられることになった。そしてその推薦先でも非専任ではあるが、そこでの任期が満了したらまた今の職場に戻るのはルール上問題ないので戻ってきてもらいたいという訳だ。
だが給料は専任に比べればカスみたいなものなので、大阪に行ったり奈良に行ったり金沢に行ったり映画を見まくるために食事は粗末である。
で、だが……。
母曰く、秋学期は情緒不安定になる人が多いということで、俺もそうである。弟もまたそうであり、母が就寝する時刻を過ぎて深夜の1時、2時になっても「友達に会いたい」「孤独が辛い」「死にたい」など鬱トークで眠らせず、その話を聞かされる俺も情緒不安定になるのである。
さらに父には粗末な食事を咎められ、「もっとマシなものを食え。さもなくば実家に帰れ」と無理難題を突き付けられ、母もたまに食事を奢ってくれるが「実家に帰られたらいいのにね」という。
こう弱気でいるタイミングで他人事のようにそんなことばかり言われるとこちらも滅入る。
この歳で実家でパラサイトしようとは思わないが、「実家に帰る」という選択肢を完全に消滅させた28歳児は……。
先日母と食事をした時、どういう会話の流れだったかは忘れてしまったがハッキリと
「弟には死んでほしい」
「弟は今日とアニメーションの犯人と同じ」
と言ってしまった。
それでも母は……。まだ訪問看護師に心を開いているから、と希望を見出し、俺と妹と母の三人のグループLINEに弟がボクシングのミット打ちをしている動画を送ってきた。
母は弟が他人に心を開いてボクシングをやっているということを好意的にとらえているのかもしれないが、普段は既読スルーはしない俺も妹もスルーした。
母は後になって気付いたようだが、俺と妹にとって弟は恐怖と憎悪の対象でしかなく、その恐怖の対象がさらに暴力の手段を備えたことによるさらなる恐怖、そしていくら母が「弟も悩んでいる」「弟も葛藤している」などとは言っても、金銭的、時間的な制限もなく好きなボクシングかなんか知らないがやっていることは、俺たちからすれば「のうのうと」しているにすぎないのだ。
何故仕事をして余暇を縫い、その余暇の充実と引き換えにロクな食事をしていない俺が弟のせいでハゲたのに、孤独や希死念慮など外的な理由のない悩みで他人に害を与えている弟が許されているのか、それが悔しくてたまらないと話すと父は
「俺だってローンも完済したあの家をあいつに乗っ取られたんだ。あいつはもう……別格の落ちこぼれ……とんでもない貧乏くじ……カス。クズ」
と憤懣やるかたない気持ちでこぼしていた。
母には弟のことはあまり話さないようにしていたが、これも繰り返しになるが実家のネコもそろそろ年齢的に危ないので最期くらいは看取りたいし、最期を看取るは仕事などのタイミングで無理でも実家に……お焼香? 的なものがあるかはわからないが、まぁ要するにネコが死んでも許してくれる弟ではない。
ネコが死んだから少し家に帰してくれ、と言っても弟にお伺いを立て、母が
「あの子も葛藤してるのよ」
と返されるのがオチである。……葛藤?
弟には死んでほしいと思っている、というのはこの随筆では話してきたことではあるが、それを母に明かしたところで返ってきたのは
「向こうからは死にたいって言われるし……」
なのだが、死にたいなら早く死んでほしい。さすがにこの随筆でも「死んでほしい」は過激かと思ったが、もう俺が弟に「死んでほしい」と思っても仕方ないくらいのことをされてきたってのは十分に伝えてきたつもりだ。
全ての人間には生きる権利があるなんてきれいごとは必要ない。家族に暴力を振るい、ご近所を何度も恫喝して何度も警察沙汰を起こし、父はローンを完済した家を乗っ取られ、妹は弟の存在で結婚出来ないと明言し、俺はハゲた。なおかつ、俺、妹、父が帰ってくれば殺すと宣言している。そんな人間に生きる権利があるのか考えてほしい。俺はあるとは思わない。弟との思い出を全否定はしないが、よかった思い出を差し引いても死を願うくらいの憎しみがある。
年末年始は家族(弟除く)で集まることになっているが、母は「今年は耳の痛い話をしなければならない」と言っている。言ってしまえば父の耳が痛い離婚の件なのだが、この随筆でも話したように北海道旅行や金沢旅行など、家族で集まって弟のことを話すタイミングなどいくらでもあったのに「その話はやめよう」と避けてきたのは母なのである。
だがそういうことを言うと母が「死にたい」と言い出す。
じゃあ母もカウンセリングにかかれと言っても「そんな時間はない」と返ってくる。母は確実にぶっ壊れてきている。その間、弟は一切よくならず、俺はハゲた。現状維持すら出来ていない。
俺もこの状態になってしまった。昨年の日本シリーズの時期は完全に心が折れ、二週間の休みを職場から頂戴した。その後も二桁の有給と一回7000円のカウンセリングにかかった。
そのせいで俺は粗末な飯を選び、有給は残り1日しかない。カウンセリングにかかりたくてもかかれない。
俺は今もギリギリの状態だ。それぐらいハゲはショックだった。これでまた警察沙汰でも起きれば俺の心は再び折れるだろう。
だが俺はもう休めない。あったはずの有給は弟に搾取された。かといって病欠で休むと、先述の推薦の話がなかったことになる可能性があるため今の俺は絶対に休めない。今ここで折れてしまうと一年で一度折れ、さらに6月頃に一度折れかけて有給の大量消化、ここにきて病欠はもう使えない人間だ。
ちなみに区役所には相談した。だが「引きこもりは時間がかかる。何十年もかかる」と言われた。「そんなに待てる余裕はもうない」と言ったのに「そういうことなんです」と言われた。
ちなみにボクシングという暴力の手段を増やした弟だが、それも役立たずの訪問看護師がやらせているのだと思ったらそれは母が自分の知り合いに声をかけてやらせていることだった。
なんなんだよ……。
もう家族の誰も弟の社会復帰なんて望んでねぇぞ……。一刻も早く独房か牢獄にぶち込んで報いを受けさせることだ。
何が葛藤だ。何が納得だ。俺は突然家を追い出されて葛藤も納得もする時間すらなかったぞ。クソッタレのトホホ!