1話 三篠森・N、病む。
はじめましての人ははじめまして。そうでない人はいつもお世話になっております。
俺だよ俺、三篠森・Nだよ。
簡単に自己紹介しよう。
あらすじにもあるとおり三十路を超えて独身一人暮らし(金魚二匹)、気ままに映画を観に行ったり一人カラオケに行ったりサイクリング、ウォーキング、ゲームと無限一人遊びに興じ一人でいることにさほど寂しさは覚えない。
なろうにおいてのポジションは底辺である。
十年ほど前に一度だけ『東京悪魔』という作品がほんんんの少しだけ注目された。現在はゾンビものの『California Zombie Killers』、特撮ものの『アブソリュート・トラッシュ』をやっている。映画の感想も活動報告にあげたりもしている。
この随筆で触れることはほぼ全て活動報告で話しているのでその総集編とでも思っていただきたい。両親不仲、弟との不仲、良好な妹との仲、これらはもう俺をお気に入りユーザーしている人にとっては寄席で耳にする古典落語『芝浜』より聞いた話になるだろう。
何故このタイミング?
いろいろある。今後のネタバレをしていけば、2021年夏の束の間の仲直りをクライマックスに我が家の歴史を振り返って筆を執るタイミング、所謂オチになるタイミングはいくつもあった。2021年初秋の実家再追放、2021年秋の両親離婚決定、2021年冬に弟が暴れ過ぎてお隣さんに通報されるなどなど。
何故今かというと、さまざまなネットスラングで綴られているように社会的に失うものがなくなった人たちによる無差別な犯罪行為がここ数か月増えており、父は我が家からもそういった事件の加害者になる人間が出るのでは、と心配しているのだ。
そうか。登場人物紹介が必要か。少しおさらいしてみよう。
①父
北陸某所在住。一戸建てで一人暮らし。現在70歳。仕事はリタイア。
テンションと声量でねじ伏せるパワータイプの昭和の営業マン。人の顔を覚えるのがとても早い。地声がとても大きいので怒鳴っていると勘違いされがちだがよく聞くと怒鳴ってないしそんなに怒っていない。ブルドーザー故に小回りが利かずやや無神経で大雑把、母とは幼少期の俺の教育方針をはじめ意見の相違があり長年にわたり確執があり不仲。籍はまだ抜いていないがもう十四年も一人暮らし。2007年頃に家族関係の悪化を理由に一人暮らしを始め、2008年から単身赴任。2019年に退職するも、弟との関係が悪いことから東京に戻れず、北陸にある祖父の家で一人暮らしている。ペットもいない。しかしたまに父の家にはハクビシンが乱入するらしい。
弟との仲が非常に悪い。母とも険悪。
②母
東京在住。一戸建て(通称:実家)で弟と二人暮らし。現在62歳。職業は看護師。
非常に明るくオシャレで見た目やノリが若い。映画、小説、音楽の面白さを俺に教えた張本人。よく笑いよく喋るため友人たちにも人気があった。なおかつ常識人で様々な趣味にも寛容。家事も得意で料理も上手い。
ただしやや神経質なきらいがあり、仕事の疲労など一度テンションが下がるとネチネチ小言が尋常じゃなくなる。父に対し強い恨みを持っており、父の話題となると一気に別人と化す。父以外との仲は良好。
③俺(三篠森・N)
東京在住。全国に二百軒はありそうなありがちな名前のボロアパートで一人暮らし。現在31歳。事務職員。
友達少ない、モテない、偏差値低いなど低スペックには枚挙にいとまがない。
五年前に弟に実家を追放される。
弟以外との仲は良好。
④妹
東京在住。俺の後に弟に実家を追放された後、高級住宅街にて彼氏(通称:彼ピッピ)と同居中。現在28歳。職業はパソコンを駆使する系。
友達多い、モテるなどハイスペックには枚挙にいとまがない。
弟以外との仲は良好。
⑤弟
東京在住。母と実家で二人暮らし。現在26歳。職業は無職。
我が家の筋トレ、暴言、暴力担当。加えて口も非常に悪い、歌の歌えない我が家のリアム・ギャラガー。髪もボサボサで筋肉隆々、怒りに任せて怒鳴り散らすことから“ブロリー”の異名をとる。
サッカー、プロレス、野球、ガンダムが好き。
⑥兄猫
東京在住。実家暮らし。現在11歳。職業は飼い猫。
毛並みはキジトラ。出身は北陸で、山奥に住む親戚の陶芸一家の野良猫家族の末っ子。ジトッとした目がチャーミングで大人しい性格。小食で痩せている。運動神経が悪く階段で転落、椅子に飛び乗ろうとしてテーブルに頭を撃って墜落など猫とは思えない身のこなしの悪さ。未だに変声期が来ない。
⑦妹猫
東京在住。実家暮らし。現在7歳。職業は飼い猫。
毛並みは三毛。俺が大学生の時に埼玉県某所で保護した赤子。ぱっちりくりりとしたお目目がチャームポイントの美人さん。拾った当初に既に親とはぐれており、ミーミーと鳴き続けたせいで今でもハスキーボイス。食いしん坊で兄猫の分まで食べてしまうので美人さんなのにスタイルは悪い。筋トレ中の弟を挑発しては怒鳴り返されるも、飽きずに弟を挑発することを趣味とする。
弟は大学卒業直前の2015年くらいから様子がおかしくなり始め、俺をシカトするようになった。やがて俺がいると自分の食事を捨てて部屋にこもるようになり、さらに俺と家の中ですれ違うだけで怒鳴り声を上げながら家具や壁を殴るようになった。
こういった関係の悪化、そして俺も26歳と独り立ちするにも遅い年頃になったため、母や親戚の勧めもあり独り暮らしを始めた。
その後も弟が元に戻ることはなく、俺の後は妹がターゲットになり妹も実家追放。そのまま何かが改善したという話は聞かず、原則俺と妹は実家を出禁の状態となった。
また、東京に用があって父が実家に寄った際は、当時既に70歳近い父親と口論の末に暴力を振る事件が勃発した(通称パラガス事件)。これにより父も実家を出禁となる。
そういった経緯があったものの、実家に置いてきた本やDVD等を母から受け取るために玄関先まで行く、ということは度々あった。しかし2021年3月、それが起きた。
「上がって食事をしていかない?」
母からのお誘いであった。しかし俺はブロリーである弟しか知らない。嫌な思いをするんだろうな、と内心わかりながら促されるままに実家に上がり、確かその日の夕食はビーフシチューか。母が弟を呼ぶと弟は自室から出て来て、俺にあいさつをして一緒に食事をした。実に六年ぶりの兄弟揃っての食事だった。妹がいないのが残念だ。
弟とは『MHP』の時代から『4G』までのモンハンを共にした。じゃあ今度発売される『ライズ』を一緒にやろうよ、と誘ってやったが、「switchを持っていない」と断られる。実に六年ぶりの会話であった。
しかしこれをきっかけに俺は週に一度程実家で食事をし、徐々に弟との距離を詰めて、にわかに降りてきた蜘蛛の糸のような仲直りの糸口を掴んだのである。
その後も週に一度の食事は続く。弟はサッカー、野球、プロレス、ガンダムが好きであり、俺も野球とプロレスの話題なら付き合える。そういった話や『ファイナルファンタジー』なんかの話もした。
そして転機が訪れる。
三篠森・N、病む。
俺はとにかく虫が苦手である。昔は「昆虫博士になる」などと嘯いてチョウ、トンボ、カブトムシ、テントウムシ、バッタ、カマキリの捕獲に精を出したものだが、大人になるにつれ虫への恐怖と嫌悪感が募るようになった。今じゃチョウも触れない。
昔からセミが大の苦手であった。そしてそのセミと似た容姿で屋内に出現する黒いあいつが大嫌いであった。
この黒いあいつ恐怖症は2019年頃から発症し、夏の間は根拠もなく「今夜はあいつが出るのでは」と夜も眠れなくなってしまった。2020年の夏もそれは続く。家にいる時間が長いとあいつにエンカウントする時間が長くなりそうだからと、仕事終わりでも20時頃まで自転車を乗り回して家を留守にする日々。しかし2021年のあいつのシーズンはそれまでとは比にならなかった。
結果から言うと2021年の5月にあいつは出た。しかしその一回きりである。アリと見まがう幼虫である。しかし幼虫がいるということはでかいのもいるのだろう。その恐怖と嫌悪感に苛まれ、俺は勝手に自分ルールを追加してあいつと出会わないようにした。そのルール一覧が以下の通りだ。
①家でものを食べない。
→文字通り。食べ物のにおいを出すとあいつが出そうなので、5月以降は外食か、家で夕食をとる場合はレモン風味の炭酸水のみ。
②夜は外出しない。
→夜に扉を開けるとあいつがいそうな気がする。また、夜になると外にもあいつが出るため外であいつを見るとその恐怖を引き摺ってしまうため外出禁止。
③夜はベランダに出ない。
→数年前にベランダで特大のあいつに出会ってしまった。そのため夕方以降は洗濯出来ず、帰宅が日没以降になる場合は干してある洗濯物を取り入れられないのでコンビニで下着を買う。
④殺虫剤は念入りに。
→ワンプッシュで一週間持つバリアー系の殺虫剤を一回で5プッシュ程、それを日に5回ほど行う。殺虫剤の吸いすぎで俺も体調を崩す。金魚の死も覚悟したがなぜか無事。
こういったルールに縛られ不眠になった。ただし自分でも馬鹿げている、神経質すぎると自覚はあった。その上で心療内科を受診し、強迫神経症という病名がついた。
……。
この生活を5月から7月まで過ごし、精神がボロボロに摩耗した。
そして6月の末。またもや一つの転機が訪れる。仕事を終えて帰宅するとボロアパートが停電していたのだ。金魚のブクブクも停止。この日、いつまで経ってもswitchとモンハンを買わない弟に業を煮やした俺はswitchとモンハンを購入して持って実家を訪れ、サプライズで押し付けるつもりであった。しかし停電しているとなるとそうはいかない。
急遽実家に連絡を取り、一晩泊めてほしいとお願いした。この頃の弟との関係ならばそれは無理な願いではなかった。一緒に食事もとれるし野球も見られる。
その願いは聞き入れられ、俺は五年ぶりに実家の寝室で眠りについた。そこはあいつの恐怖もない安らかなベッドだった。
これならば、もう俺はボロアパートを引き払って実家でパラサイト出来るのでは?
虫が怖いが故に自分が虫になるのは仕方ない。しかしこの頃の俺の精神状態は極限であり、しかもやつらのシーズンは10月まで続くのだ。
そして幾度かのお泊りリハーサルを経て、ついに俺は実家への出戻りを決断する。
それほど弟も落ち着いていたし、俺は精神的に極限だったしお財布にも優しい。それに何より俺が大好きな野球チームの試合が実家では観られるのだ。弟はそのチームのアンチだが、アンチなのにそのチームの試合を好んで観るという不思議な男なのでチャンネル争いもない。
弟の好きなもの。サッカー、野球、プロレス、ガンダム。
2021年夏。毎日のように何かの試合が行われるスポーツの祭典、東京オリンピック開幕。
俺と弟の短い夏、束の間の仲直りが始まる。




