第98話 ママ
着替えを終えると廊下に出て、食堂へ向かう。
中に入ると、既に夕飯が並べられている。
アニカと時子は席に着いていた。
台所に立っていたトレイシーさんが、俺たちに気づいて出てきた。
「ごめんなさいね。エイルさんは女の子っぽい服が嫌いですから、サイズが合いそうなものは、そういうものしか無いんです」
今も昔も変わらないってことか。
「ううん。鈴、違う服初めて着たから嬉しい!」
やっぱりあれ以外の服、着たこと無かったのか。
「ふふっ、気に入ってもらえて嬉しいわ。明日、服を買いに行きましょう」
「買う……本当?!」
「ええ」
「ぅわあ! ありがとう、オバアさん」
俺たちも席に着こうと思ったが、鈴ちゃんの席がない。
ナームコはさっさと自分の席に着いているし。
……あれ?
「エイルは?」
「エイルさんは、お部屋で寝ています」
「寝ている?! まだ夕方ですよ」
「怪我をして魔素が流れすぎたんだそうです。ですから、お休みするそうです」
「そうなんですか」
「ええ、後でお食事を持っていってもらえますか」
「分かりました」
エイル、怪我していたのか。
全然気づけなかった。
タイムもそんな話はしていなかったし。
台所に立とうとしていなかったっけ。
でもエイルが自分の意思で休むなんて、結構酷い怪我なのかな。
『エイル、大丈夫か?』
『モナカくん?! ……あ、大丈夫なのよ。話はイヤホンで聴いてるのよ』
聞いているって、シャワー室の一件も聞いていたんじゃないだろうな。
『寝てなくていいのか?』
『横になって休むのよ、十分なのよ』
『無理はするな』
『分かってるのよ』
でも意識があるってことは、アニカの時よりマシってことだよな。
なら大丈夫か。
エイルが居ないんだから……そうだな。
「アニカ、今日はエイルの席で食べてくれないか?」
「えっ、どうして?」
「ほら、鈴の席が無いだろ。だから――」
「エイルさんの席に座らせればいいじゃないか。用意だってちゃんとしてあるんだから」
「それだと鈴と離れちゃうだろ」
「ボクだって離れちゃうじゃないかっ」
「わがまま言うなよ」
「やだっ、シャワーは我慢したんだから、このくらいいいじゃないかっ」
すると、時子が立ち上がって移動しようとした。
あー、やっぱそうなるのか。
仕方ないか。
時子も俺の隣に座るのはイヤイヤだったしな。
エイルが居ないなら、そこに座ろうとするのも無理は無い。
が、立ち上がって移動しようとしたところで、立ち止まった。
ん?
鈴ちゃんがスカートの裾を掴んでいるのか。
時子は振り払うことなく、鈴ちゃんを鬱陶しそうに見た。
「離し――」
「ママ?」
え?
今ママって言ったのか?
時子がママ?
「まあ、そうなんですか?」
トレイシーさん……あなたはブレませんね。
「えっと、そうなのか?」
だとするなら、先輩との子供?
俺たちと同じ世界から転移してきたってことか。
……ん?
待て待て待て!
一体幾つの時の子供だ?
鈴ちゃんは3~4歳くらいだろ。
……小学生の時?!
先輩、手が早過ぎるよ。
でも魔力を持っているんだから、違う……よな。
しかし時子は答えず、鈴ちゃんを一瞬だけ睨んだ。
「ひぅっ」
そして鈴ちゃんが怯んで手を離すと、エイルの席に向かった。
すると椅子の上のクッションと、テーブルに置いてあるスプーンを取り、戻ってきて俺に渡した。
あ、これって鈴ちゃんのために用意されたヤツか。
それからエイルの席に着いた。
トレイシーさんが時子とエイルのご飯とスープを入れ替えた。
なるほど、エイルの分にしてはちっちゃい。
最初からそこに鈴ちゃんを座らせるつもりだったのか。
「トレイシーさん、ありがとうございます」
「え? あ、いえ、どういたしまして」
そして時子は、1人モクモクと夕飯を食べ始めた。
お約束ってヤツかな
予想通りでしたでしょうか
次回からは食事シーンになります




