第92話 パパの名前
今更な気もしなくもないけど、まだ言ってなかったわね。
「母さん、ただいまなのよ」
「はい、お帰りなさい。スズちゃんも、お帰りなさい」
「ひうっ!」
あー、やっはり〝お帰りなさい〟なんだ。
「オ、オバアさん、誰?」
〝オバアさん〟?!
あ、母さんの顔が引きつってる。
笑顔のままだけど、明らかに引きつってるわ。
そして誰もが、ナームコさんですら動きを止めて見入ってる。
固唾を飲んで、母さんの反応を待つしかない。
「オバアさんは、トレイシー・セント・ターナーっていうの。エイルさんのママなのよ」
あ、オバアさんを受け入れたわ。
思わずみんながホッと安堵の息を吐く。
「スズちゃんは、ちゃんと自分のお名前、言えるかな?」
「鈴、言えるよ。鈴はね、鈴は……んーと、11260号・鈴って言うの」
「よくできました、偉いわね」
「えへへ、鈴偉い!」
「でも、この辺では聞かないお名前ね」
当たり前よ。
そんな名前、あってたまるか。
でも、鈴ちゃんはそうやってずっと呼ばれてたってことよね。
「何処から来たのかな」
「分かんない。鈴、お外出たの初めてだから」
ずっとあの中で生活してたってこと?!
秘密の研究だから、出してもらえなかったってことよね。
だとしても、日の光を浴びなければ、身体に影響が出てくる。
それで短命な子が多いの?
「初めてのお外はどう?」
「んー、暗い!」
大分日が傾いてる。
それでも、暗いと言うほどには暗くない。
外に出たことがないっていうし、明かりのオンオフしか経験したことがないのかしら。
「ふふっ、そうね。じゃあお家に入りましょうか。お腹空いてない?」
「空いたー! ペコペコだよ」
「じゃあ、シャワー浴びてる間に、オバアさん、ご飯用意しておくわね」
あ、完全に〝オバアさん〟を受け入れたのね。
「うんっ!」
「それじゃモナカさん、ナームコさん、お願いしますね」
「本気ですか?!」
「存じたのでございます」
「存じるな! トレイシーさんが入れてあげて下さいよ」
「ダメなのよ! モナカとナームコで入れてあげるのよ」
「エイル?」
『鈴ちゃんの身体のよ、うちたちに猛毒な液体が付いてるのよ』
『はあ?! 猛毒って、え、この子は大丈夫なのか?』
『この世界の人間に猛毒なだけなのよ。モナカたちには無害なのよ』
『そうなのか?』
『ナームコがそう言ったのよ』
『それを信じていいのか?』
『モナカを危険にさらすことのよ、絶対にしないのよ』
『う……納得したくないけど、それもそうだな。はぁ、分かったよ』
『変なことするんじゃないのよ』
『変なことってなんだよっ!』
『さっさとするのよ! 鈴ちゃんが不安がってるのよ! タイムさんにするようのよ、頭でも撫でてあげるのよ』
『は、はいっ!』
モナカくんにしがみ付きながら、不安げに顔を見上げている鈴ちゃん。
その頭をモナカくんが優しく撫でると、今にも雨が降り出しそうな曇り空が、一気に晴れ渡った。
本当にモナカくんがパパなの?
いえ、そんなはずはない。
鈴ちゃんの、遺伝子上のパパの名前は良部真弓。
モナカじゃ……? 真弓?
確か先輩の名前も真弓だったわよね。
これは偶然?
それとも必然?
でも、タイムさんがなんの反応も示さないのはおかしい。
やっぱりただの他人のそら似?
考えても分かるはずがない。
家に入ると、母さんは夕飯の仕度をするために台所へと向かった。
私も手伝うとするか。
鈴ちゃん、なにが好きかな。
オオネズミ……食べてくれるかな。
「アニカ様、兄様から離れるのでございます」
「ボクも一緒に入る」
「アニカ、ダメなのよ」
鈴ちゃんに残ってる液体は、アニカさんにも猛毒だ。
「やだ!」
「わがまま言うんじゃないのよ」
「アニカ、今日は遠慮してくれ」
「そうなのでございます。親子3人、水入らずを邪魔しないで頂きたく存じるのでございます」
「誰が親子だ!」
「パパ兄様とママわたくしと鈴娘様でございます」
「しれっと妹から嫁になるな!」
「兄様?! わたくしを……わたくしをとうと――」
「それはない」
「まだ肝心なことを申し上げていないのでございます」
「言わなくても分かるわっ!」
「ああ、ついに以心伝心の仲になったのでございますね」
「くっ、何処までもポジティブな奴め」
「遊んでないのよ、さっさと入るのよっ!」
「はいっ!」
「存じたのでございますっ!」
「アニカはうちと入るのよ」
「やだっ!」
「アニカ!」
アニカさんを掴んで無理矢理引き剥がそうとした。
が、中々離れてくれない。
こんなに必死になってしがみ付いてるのか。
重症ね。
でもそんなことを言ってる場合ではない。
「アニカ、今日は我慢してくれ。な」
「モナカくん……」
モナカくんが頭を優しく撫でる。
それまで頑なに離れようとしなかったアニカさんが、モナカくんを見つめながら離れた。
モナカくんが脱衣所に入って見えなくなるまで、ずっと見つめ続けた。
皆さんはおじいさん・おばあさんになりましたか?
あちしはまだです
次回は新章突入です




