第90話 触ってはいけない
「エイルさん、落ち着いて下さい。静電タッチパネルですよ」
あ……そうだった。
私がいくら触っても、操作できるはずもない。
ナームコさんに作ってもらったタッチペンで触ると、難なく操作することができた。
操作できるけど、この表記はどうにかならないのかしら。
[カートリッジ排出]ってなんなのよ。
いいえ、これはただの表記ミス。
これを押さないと鈴ちゃんは出てこられない。
気にしたらダメよ。
ボタンを押すと、鈴ちゃんがせり上がっていった。
ちょっと待って……まさかっ!
急いで船外に……
「扉は何処?!」
「エイルさん、落ち着いて下さい。船内マップを見てください。鈴ちゃんは中ですよ」
船内マップ……これだ。
なるほど、艦橋は船底部分にあるのね。
階段は……この裏か。
階段を駆け上がると、船外に出るための扉と、船首と船尾に行くための扉があった。
船首側の扉を開けると、鈴ちゃんが立って待っていた。
「鈴ちゃん!」
あ、しまった。
バスタオルを持ってくるのを忘れてしまった。
これでは身体を拭いてあげられない。
鈴ちゃんが私に駆け寄って抱き付こうとした。
私も受け止めようとしゃがみ込んで手を広げると、後ろに思いっきり引っ張られて倒されてしまった。
「ひうっ!」
「痛っ! なにするんですかっ」
「お前はバカなのか。元素は毒素なんだろ。あの液体に触るな。死ぬぞ」
「えっ……」
鈴ちゃんを包んでいたあの液体。
医療で使われる液体呼吸を応用したものだろう。
それが私にとっては毒性がある……
それをもう見抜いたっていうの?
ナームコさんは壁に備え付けられてる棚からバスタオルを取り出した。
「おい、拭いてやるから大人しくしていろ」
「ひぁあ!」
「こら、逃げるな。そいつに触るな! 死ぬぞ」
「ひぃ! うぇーん!」
「泣くな。わたくしが泣かせたみたいじゃないか」
みたいじゃなくて、そうなんだけど。
「ごめんね鈴ちゃん。そのオバさんは身体を拭いてあげようとしてるだけだから、大丈夫よ」
「オバさんではない。お姉さんだ」
「ひっく、本当?」
「本当だぞ。ほら、バスタオルもある。大人しくするんだ」
「ひゃあ!」
あーあ、逃げはしなくなったけど、あんなに縮こまっちゃって。
あれじゃ拭きにくいわね。
「鈴ちゃん、拭き終わったら、オバさんがギュッてしてあげるから、少しだけ我慢しててね」
「本当?」
「うん、本当よ」
「分かった、鈴頑張る」
「おい、大人しくしないと、いつまで経っても終わらないぞ」
「ひぃ!」
「あなたも怖がらせないの!」
「失礼なことを言うな。十分優しく接してるだろうが」
あれで優しく接してるつもりなのね。
脅してるようにしか見えないわ。
モナカくんに接してるときの100分の1でもいいから出して欲しいわ。
「こら、まだ頭が残ってるぞ」
あら、意外と丁寧なのね。
適当に拭いて終わりかと思ったけど。
「だからいいと言うまで大人しくしていろ。次は服を着るんだ」
「それくらい私が――」
「ダメだ。お前も大人しくしてろ」
なによ、急に甲斐甲斐しくなっちゃって。
クローゼットから下着や服を取り出すと、手際よく着せていった。
最初に着ていた服と同じ物だ。
あの服……普段着というよりは、病院で着させられる検診衣みたいね。
子供たちにオシャレとかは必要ないってこと?
普通の服はないのかしら。
「慣れてるわね」
「お兄様の世話役だからな」
言われてみればそうだった。
モナカくんのお世話を焼きたがってたものね。
タイムちゃんが阻止してたけど。
「ほら、もういいぞ」
そう言われると、弾けるようにナームコさんから離れて、私に抱き付いてきた。
「ああ、髪には触るなよ。まだ少し湿ってるからな」
「気をつけるわ」
と言われても、頭をグリグリと押しつけてくるのを、むげに突き放すこともできない。
ま、肌で直接触らなければいいか。
頭を撫でてあげたいけど、我慢しましょう。
検査衣、1回だけ着たことがあります
次回は船外に出ます




