第9話 手を繋いでお散歩をしよう
壁に引っかけてあるリードを取り、フブキの首輪に取り付ける。
たかがリードを首輪に付けるのにも、魔力が要るから面倒くさい。
フブキのお陰で付け外しができるから、そこまででもないけど。
いつもの散歩コースをゆっくりと歩く。
いつもなら時子と手を繋いで雑談をしながら歩くのだけど……
後ろの方からゆっくりと付いてきている。
会話はない。
本当にただ付いてきているだけだ。
「トキコちゃん、久しぶりじゃない。元気だった? 怪我は無いかい?」
「あ……おはよう、ございます」
ん?
誰かがトキコに話しかけたみたいだな。
「どうしたの? 元気ないじゃない」
「いえ、その……時子に近づかない方がいいですよ」
「どうしてだい?」
「時子は、結界の外に行ってきたので……その」
「あっはははははは! そんなこと知ってるよ。つまんないこと子供が気にするんじゃないよ」
そう言いながら、時子の背中をバンバン叩いている。
触っているってことは、本当に気にしていないみたいだ。
「でも、毒素が――」
「オバさんのこと心配してくれるのかい。トキコちゃんは良い子だねぇ。検査は問題なかったんだろ」
「はい」
「だったら堂々としてればいいのさ。まー、中には気にしてるヤツも居るみたいだけど」
と言って、後ろをチラリと見る。
そこには玄関からこっそり覗いているオジさんが居た。
でもオバさんの視線に気づいて、サッと中に隠れてしまった。
「あっはははは、すまないねぇ。うちのバカ旦那が」
「いえ」
「それより今日はどうしたんだい? モナカちゃんと手を繋いでないみたいだけど……」
え、そんなことも知っているのか。
あれぇ?!
記憶にないぞ。
何処で知り合った……
「あ、オバさん分かっちゃった。とうとうフブキちゃんにモナカちゃんを取られちゃったんでしょ」
一体なんの話だ。
「あ……う、うん。そんな感じです」
どういう感じだよ。
「もーだからいつも言ってるじゃない。もっとグイグイ行きなさいって」
「いえ、もういいんです」
「なにがいいのよ。ダメよ、諦めちゃ。ほら、いつもみたいに手を繋いで」
「あっ、やっ!」
オバさんが時子の手を掴み、俺の近くまで引っ張ってきた。
と、とりあえず時子の知り合いみたいだし、挨拶だけはしておくか。
「おはようございます」
「あら、おはようぇえっ?!」
え?!
なんでこの人、こんなに驚いているんだ。
「な、なんですか?」
「オバさんのこと、見えるのかい?」
なんだその質問。
意味が分からないぞ。
「ええ、まあ。え、オバさんって幽霊なんですか?」
「なに言ってんだい。モナカちゃん、大丈夫なのかい?」
なんでこんなに心配されているんだ?
しかも見ず知らずのオバさんに。
「な、なにが……ですか?」
「なにか悪いもんでも食べたんじゃないだろうね」
なんでそうなるんだよ。
「いえ、ですからなにがですか?」
「だって、ねえ」
「……」
なんでそこで時子に同意を求めるんだよ。
ますます意味が分からない。
「うー。ごめんなさいね、オバさん寒くなってきちゃったわ」
そう言うと、身震いしている身体をさすった。
気温が低いから寒いのか、フブキの魔力に当てられて寒いのか。
多分フブキなんだろう。
「トキコちゃん、またね。諦めちゃダメよ、ね! またねっ。頑張るんだよ。オバさん、応援してるからね。またね!」
トキコは無言でお辞儀をして、オバさんを見送った。
オバさんは何度も何度も振り返っては「頑張って」「あー寒いっ」「応援してるから」「ふぅー冷えるぅ」「またね」「へっくしょい!」と繰り返しながら、家の中に入っていった。
しかしなんだったんだろう、あのオバさん。
時子はいつの間に知り合ったんだろう。
しかも俺の気づかないうちに。
時子がこっちに来てからというもの、時子が俺と離れて過ごしたことはないはずだ。
ま、そんなことはいい。
今なら、オバさんの手前、手を繋いでくれるかも知れない。
何故かって?
玄関の扉が半開きになっていて、こっちを覗き見しているからだ。
試しに左手を時子に伸ばしてみた。
すると、怖ず怖ずと躊躇いがちながらも、手を取ろうとしてくれた。
そして指先が触れると、時子は手を引っ込めてしまった。
「あーもう、なにやってんだい!」
オバさん、小声のつもりなんだろうけど聞こえてるからね!
ちゃんと聞こえないように言って。
そしてもう一度手を取ろうと伸ばしてきた時子の手を、引っ込む前につかみ取った。
不意に捕まれたのが嫌だったのか、俺の手を振りほどこうとしてきた。
ふっ、無駄なことを。
離すわけないだろ。
「うほわ! モナカちゃんやるじゃない。もう離すんじゃないよっ!」
「っははは……はぁ」
お節介だけど、いい人じゃないか。
というか、まだ振りほどこうと暴れているな。
ふっ、知ったことか。
このまま引きずってでも散歩を続けてやる!
振りほどけないのを察したのか、諦めて大人しくなった。
そしてオバさんの家が完全に見えなくなると……
「離してください」
言うと思った。
でも離してやらない。
無視だ無視無視!
「離してください」
嫌だね。
「離してっ」
絶対離さない。
「人を呼びますよ」
な……
第三者に頼るとは、卑怯だぞ。
いや、それでも離さないぞ。
「誰かー!」
くっ、マジで叫びやがった。
だからなんだ。
離さないぞっ。
「誰かーっ!」
「わおーん!」
フブキ?!
「助けてください!」
「わうっわうっわうっ!」
なに吠えているんだよ。
余計人が来るだろっ。
「だれかーっ」
「わううぅ!」
人が来る……と思ったが、なんだろう。
元々人通りの少ない場所の早朝だ。
誰も居ないし、家から出てきさえしない。
いや、もしかしたら、出てこないだけで通報されている可能性も……
「うるせーっ! 静かにしろっ!」
むしろお前の声の方がうるさいわっと言いたくなるほどの大声で、文句を言われてしまった。
「助けてください!」
「わううううーん!」
めげずに助けを求める時子と、その声に被せるように吠えるフブキ。
「うるせーっつってんだろ! 夫婦喧嘩なら余所でやれっ!」
だからお前の方がうるさいっての。
って、夫婦喧嘩?!
どういうことだ。
え、まさかそういう認識だから誰も出てこないのか?
そんなバカな。
よく見ると数少ない通行人も、こっちを見て微笑んでいる。
いや、意味が分からないんですけど。
100歩譲って近づいてこないのは、フブキが居るからとしてもだ。
何故微笑んでいられる。
そんな異常な雰囲気を察したのか、時子も助けを呼ぶのを諦めたらしい。
力なく、手をダラリと下げた。
オバさんといい通行人といい、俺たちのことをよく知っているみたいだけど……
でも時子と一緒に散歩していたのは、ひと月くらいだったはずだ。
たったそれだけの間なのに……
それだけフブキは目立つってことか。
夫婦喧嘩は犬も食わない
でもそれで放置して事件になることもあったりなかったり……
さて、今回のケースは?
次回はそういえばそうだったというネタ
読者で気づいている人は、居るだろうか