第89話 交通安全
中央省を迂回し、人里を迂回し、結界を強行突破し、船はひた走った。
そう、これは船。
宇宙をも飛べる船。
ここに書いてあることが本当なら、光速をも越えていくことができる。
その要が、魔導反応炉。
そのエネルギー源であり、制御装置でもあるのが、魔導人類。
つまり、鈴ちゃんのこと。
5千年前に、こんな研究が行われていたなんてね。
こういう非人道的なことが起こらないよう、魔術の研究は禁忌とされたのかしら。
でも、宇宙に用は無いわ。
宝の持ち腐れね。
でもそうか。
宇宙に行くのなら、他星系の人類に遭う可能性もある。
その為の翻訳機能か。
学習型かしら。
元々データがあったとも思えないわ。
恐ろしく早いわね。
そして、マニュアルを読めば読むほど、この船の凄さが……いや、ヤバさが分かってくる。
こんなもの、民間人が持ってていい物じゃない。
それに今の時代、こんな兵器がなんの役に立つというの。
……魔獣や魔物退治?
魔獣には過剰戦力ね。
それに結界内で使ったら、大変なことになる。
最低出力でも、街が一瞬で蒸発するくらいの火力があるじゃない。
そんなことに鈴ちゃんは使われるところだったの?
同じように育てられた子たちは、使われてしまったの?
そして今、私たちはそうしようとしている。
いえ、実際には既にそうさせている。
なのに止めてあげられない。
代わってあげることもできない。
助けるために保護対象を利用する。
滑稽だわ。
こんなことで私が守るなんて、なんておこがましいんだろう。
そうこうしているうちに、早くも第10都市に戻ってきた。
船内モニターには外の景色が流れている。
速度は落としたみたいだけど、それでもかなり速い。
って!
「鈴ちゃんダメよ、赤信号では止まらないと!」
言ってる側からまた信号無視だ。
信号が分からないのかしら。
「エイル、自分で操船したらどうだ」
「操船?」
「マニュアルを見たんだろう?」
「ええ」
そういえば、書いてあった。
今は自動運転モードになっている。
これを手動運転に切り替えればいい。
でも乗ったこともない船を動かせるの?
などと考えているうちに、また信号を無視して突き進んでいく。
このままじゃいつ事故になってもおかしくない。
「安心しろ。ぶつかっても壊れるのは相手だけだ」
「問題しか無いわよっ」
うだうだ悩んでる暇は無い。
そうよ、できるかできないかじゃない。
やるんだ。
「鈴ちゃん、私が操縦するから、交代して」
「了解。操縦席へ移動して下さい」
「操縦席?」
「ああ、今わたくしが座ってる席だ」
ナームコさんと席を替わる。
う……想像はしてたけど、バイクとも車とも違うわね。
私、フライトシミュレーターなんてやったことないわよ。
「エイルさん、大丈夫ですよ。衝突防止装置はついてますから、気にせず操船して下さい。タイムもアシストしますから」
といわれても、アクセルもブレーキもクラッチも無いわね。
宇宙船だから?
「あ、エイルさん、今のところを曲がらないと」
「どうやって曲がるのよ!」
「まず逆噴射して減速します。それから操縦桿を曲がる方に倒して機体を傾けたら、今度は手前に引きます。曲がり終えたら傾けた機体を戻しながら、加速します」
「え? え?」
逆噴射?
傾ける?
手前に引いたら上昇するんじゃないの?
「どけ。わたくしがやる」
「あ……」
結局操船方法が分からず、元の席に戻ることとなった。
仕方ないでしょ。
宇宙船なんて、操縦したこと無いんだから。
でも、ナームコさんは操縦したことあるのか。
「止まれ」
「了解」
「停止線を越えるなよ」
「了解」
……え?
あ、青になった。
「よし、行け」
「了解」
「道順は分かるだろ。その通りに進め」
「了解」
「中央を飛ぶな。左に寄れ」
「了解」
えええええ?!
それでいいの?
……これ、席何処でもよくない?
とにかく、スピード違反については目をつむるとして、信号無視は無くなった。
後は、無登録車両なのよね。
取り締まられないといいけど。
そんな心配を余所に、無事帰宅することができた。
事故らなくてよかった。
いえ、今すべきことはそれじゃない。
「鈴ちゃん大丈夫? 今出してあげるからね」
「バイタルに異常はありません」
そういうことを聞いたんじゃないんだけどな。
えーと、確かこのパネルから操作するのよね。
あれ?
反応しない?
ちょっと!
まさか壊れてるの?!
再び空を飛べる日は来るのだろうか
次回は、まだまだ外には出ませんよ