第83話 自分が許せない
とにかく、あいつの相手はロローさんに任せて、私は目的の場所まで歩き始めた。
幸いにも、煙の拘束が解けたのだ。
恐らく、ロローさんの相手をすることで、こっちへの魔力操作ができなくなったんでしょう。
あまり器用そうには見えないからね。
とにかく私は後ろを振り返ることなく、歩いた。
もう走れるだけの体力は無い。
魔素も流れすぎた。
視界がかすむ。
後ろでドンパチやってるはずなのに、音もよく聞こえない。
それでも、もう倒れるわけにはいかない。
倒れたら、2度と起き上がれない自身がある。
それに、まだ泣いている鈴ちゃんに、また痛い思いをさせてしまう。
それだけは嫌よ。
「行かせません」
私の進む先に、デイビーさんが立ちはだかった。
私は止まることなく、歩みを進める。
「お前のよ、命令違反をするのよ」
「手は出しません。行く手を遮るだけです。後はあの馬鹿がなんとかしてくれます」
「自分は手を汚さないのよ?」
「汚れているものを利用するだけです。わざわざ綺麗なものを汚す必要はありません」
なるほど。
確かに理に適ってる。
でもね、仮にも仲間を利用するようなヤツはダメ。
残念ね。
一歩、また一歩と近づく。
決して止まることなく、進む。
「うちに触るのよ、命令違反なのよ」
「貴方が接触してくるだけです。違反にはなりません」
「ホントにそうなのよ? うちの証言で……はぁ、なんとでもなるのよ」
この程度の脅しじゃどいてくれないか。
それでも一歩ずつ近づいていく。
彼も私も譲らない。
しかし、彼の顔には明らかに冷静さが見られなかった。
「お願いします。止まってください。それがお互いのためです」
まさか彼の口から〝お願い〟なんて聞けるとは思わなかったわ。
さっきの脅しが少なからず効いてたのかしら。
私は答えず、ただ足を動かすだけ。
そして触るか触らないかのところで、彼は身を翻して道を空けた。
今、肩が擦ったかしら。
ま、そのくらいは大目に見てあげましょう。
彼を一瞥することなく、ただ前だけを見て突き進む。
「その子の身分証はどうするつもりなのです」
「仮身分証を……ふぅ、寄越すのよ」
「持ってきていません」
使えないわね。
その場で渡すのが常なんじゃないの?
なら、代わりのものを使えばいい。
「お前の身分証……のよ、寄越すのよ」
「僕の身分証は、一般のものとは違います。借り使いはできません」
やっぱり違うんだ。
それも想定内だけど。
「問題……ないのよ」
これをベースにして、ナームコさんに私の身分証をコピーさせて、中身は私が書き換えればいい。
歩みを止めず、目的地へひた歩く。
すると彼がまた前に立ち塞がった。
自分の身分証を差し出しながら。
この子を第一に考えてくれてるのは、本当みたいね。
ほんのちょっとだけ見直したわ。
とはいえ、差し出されても鈴ちゃんを抱えてるから手が離せない。
「ポケットに入れるのよ」
「ポケット……どのポケットに」
あー、ポケットも隠れてるのか。
「腰のポーチに……はぁ、入れるのよ」
薬莢が入ってるけど、身分証くらいなら入るでしょう。
彼がポーチの蓋を開け、そこに身分証を差し込む。
他にはなにもしてこなかった。
本当に命令に忠実ね。
「ありがとうなのよ」
「そのまま使おうとすると、犯罪歴が付きます」
「わざわざ教えるのよ?」
「僕の願いは、異世界人全ての幸せです。幼気な少女を、犯罪者にはしたくありません」
「うちの心配をしてくれるのよ?」
「貴方なわけがないでしょう。図々しいですね」
こいつ……
「安心するのよ。そんなことのよ、はぁ、うちたちには無意味なのよ」
「本気で中央省で働いてみませんか」
「お断りな――」
それ以上、言葉を紡ぐことができなかった。
背中に襲い掛かる、強い衝撃。
一瞬なにが起きたか理解できなかったが、この臭いは煙草の煙。
あいつだ。
私は吹き飛ばされ、宙を舞った。
このままだとまた鈴ちゃんを下敷きにしてしまう。
朦朧とする意識のなか、なんとか身体を入れ替え、背中から地面に落ちた。
「デイビー、なにやってやがる。さっさと捕まえろ!」
「命令違反です。僕は動きません」
「ちっ、そこのお嬢さんが偽造した指令書なんかほっとけ」
「分かっています。それでも僕は従います」
「かーっ、相変わらず頭堅ぇな。そこは大人の対応しとけよ」
「貴方の対応こそ、大人ではありません」
「はっ! だったらそこで大人しくしてな。ワシの邪魔はするなよ」
「ええ、むしろ好きにしてください」
「相変わらずなヤツだ。さてお嬢さん、追いかけっこは終わりだ。大人しく……あ? なんだ、もしかして気ぃ失ってんのか。おらっ、さっさと起きろ!」
「ひぐっ、ひぃーん」
はっ、な、なに?
鈴ちゃん?!
あ、私、気を失ってたのか。
「ほれ、さっと起きねぇと、また腹蹴飛ばすぞ!」
「止めなさい。子供に当たってますよ」
「こいつが起きねぇんが悪ぃんだよ。ほれ、もう一発!」
こいつ、なに考えてるのよっ。
そうか、私を蹴るつもりが、鈴ちゃんを蹴ってたのか。
許せない!
なによりも、守れなかった自分が許せない。
もう、蹴らせはしないわ。
私は身体を丸めて、蹴りから鈴ちゃんを守った。
ぐっ……こんな蹴りを小さな子供に食らわせてたのね。
凄くお腹に響く。
倉庫で食べた朝食が、喉を駆け上がりそうだわ。
「お、中々早いな。次また気ぃ失ったら、ガキを蹴れば良さそうだな」
「止めるのよ! やるのよ、うちにするのよ」
「ああ? おめぇに命令する権利はねぇんだよっ!」
「っぐ……」
「ちっ、やっぱこいつ鳴かねぇなぁ。すぅー、ふぅー……つまんね」
興味を無くしたのか、背中を向けて離れていった。
飽きっぽい性格でよかった。
次やられたら、朝食が出ていくところだったわ。
「この辺でいいかのぉ」
〝この辺〟?
立ち止まってそう言ったかと思うと、振り返って身構えた。
まさかっ!
「次は良い声で鳴いて魅せろよ!」
それを合図にして、私に向かって走り出した。
煙を噴かし、降り積もった灰を巻き上げて近づいてくる。
そして直前まできて左足で踏ん張ると、思いっきり私の腹目掛けて右足が勢いよく迫ってきた。
あんなの食らったら、朝食だけで済むとは思えない!
それでも私は避ける力も無く、ただ力なく丸まることしかできなかった。
本当に痛いと、声が出ないよね
次回は2階級特進です




