第82話 嗜好品
「構えるのでございます」
って、なんでこっちに武器を向けるのよっ!
というか、おかしいわね。
なんでナームコさんの命令に従ってるの?
そもそも言葉なんか通じてないでしょ。
まさか身振り手振りだけで通じてるっていうのかしら。
「やっておしまうのでございますっ」
撃つなーっ! という願い虚しく、一斉射撃。
なんでなのよっ。
が、どうやら狙っているのは私ではないらしい。
蜂の巣にならなくてよかったー。
ではなにを狙ったのかというと、私に殴りかかってきていたウィーラーさんだった。
え、あなたにも私からのデタラメが届いてるはずよね。
まさか読んでないの?!
読まれなければ、この作戦は成立しない。
そこまでは読めなかったわ。
「指令書のよ、読んでないのよ?」
「知るかっ。ワシの仕事は、誰にも邪魔させねぇ!」
意外と仕事熱心なのね。
嫌いじゃないわ。
でも、こんな時にまで煙草を吸うのね。
こんなときだから?
それにしても、今まで以上に煙が酷いわ。
? でも変ね。
ウィーラーさんに纏わり付くように漂ってない?
『気をつけろ。あの煙、ヤツにとっては武器だ』
『は?! どういうことよ』
煙が武器?
そりゃ吹き付けて煙たければ、怯んだりするでしょうけど。
私の前の仕事場なら、そんなの普通だったわ。
私には効かない……けど、鈴ちゃんがダメね。
食らうわけにはいかない。
でも、武器というよりあれは防具でしょ。
煙を腕に纏わせて、魔弾という魔弾を全て叩き落としてる。
どういう煙よ。
魔力で操ってるとでもいうの?
煙もさることながら、あれだけの弾幕を1つも打ち漏らさず叩き落としているのが凄い。
しかもカウンターとばかりに口から煙の弾を撃ち出した。
となるとあの煙草、ただの嗜好品じゃなくて魔法杖なのかしら。
そして1人、また1人と兵士たちを撃ち抜いていった。
いやいや、アレって一応貴方の仲間よね。
ま、撃たれてるんだから、撃ち返すのは当たり前か。
死んでないといいけど。
うわ、一気に1本吸いきったわ。
つまり肺の中にたっぷり煙が詰まってるということ……って!
もう新しいのを咥えてる……
『来るぞ。気をつけろ』
『気をつけろって、貴方が守ってくれるんでしょ!』
『ちっ、今わたくしは忙しいんだ。少しは自分で対処しろ』
『なにが忙しいのよっ。自分でって……あ!』
こいつ、通信切りやがった。
本当に器用ね。
とにかく、少し休めたから足は動く。
ロローさんと仲間たちを信じて、目的地まで走りきるわ。
「つれねぇなぁ。遊ぼうぜ、お嬢さん」
そんな暇無いわよっ。
『伏せるのであります!』
ロローさん?!
考えてる場合じゃない。
言われるがまま、地面に転がった。
その上を、灰色の小さな塊が幾つも飛んでいった。
とか、悠長に見てる場合じゃない!
「ほー、今のを避けるか。ちったぁ楽しませてくれそうじゃわい」
楽しんでんじゃないわよっ。
幸いなのが、連発はできないみたい。
煙を吐き出し終わると、吸い足さないといけないようね。
そもそもなんであんなに煙草をプカプカ吸えるの?
嗜好品の中でも1・2を争う高級品よ。
その上魔法杖なんでしょ。
余程お給料が良いみたいね。
その分はきちんと働くってことかしら。
それとも経費?
本っっっ当に迷惑な話よ。
なんて間にもプカプカプップと煙を打ち出してくる。
幸いにも私でも必死になれば避けられるくらいの速度だ。
「きゃっ!」
大丈夫。
オバさんが……じゃなくて、お姉さんが守ってあげるからね。
「っはっはっはー! 逃げるのがお上手だな。次からはもう少し強くいくぞ」
あら、教えてくれるなんて随分と紳士的ね。
全く、趣味が悪いわ。
って、さっきと変わってないじゃない。
これなら……
「なんてな」
「「きゃあっ」」
いきなりなに。
身体がなにかで縛られたように拘束された?!
身動きが取れなくなったから、当然のことだが攻撃を受けてしまった。
幸い、鈴ちゃんには当たらなかったけど、転んだときに下敷きにしてしまった。
「ごめんね、痛かったよね」
「うぐっ、うえーん!」
「ああ、ホント、ごめんね」
一体なにが起こったっていうの。
体になにか巻き付いてる?
なにこの灰色でモクモクした……まさか!
「っはっは! ワシから逃げようなぞ、100年早いわっ」
これって、煙草の煙よね。
いつ纏わり付いたのよっ。
煙は全部避けたはず。
まさか、テントの時に吹きかけられたアレ?!
「お? その顔は気づいたって感じだな。頭の回転が速い女は、嫌いだよ」
「ぐぅっ」
近づいてきたウィーラーさんが、私の右腕を撃ち抜いた。
開いた傷口が、更に大きくなった。
右手はもうダメね。
感覚が無くなってきた。
「ほう、耐えるねぇ。少しはその小っこいのみたいに良い声で鳴いてくれねぇもんかね」
「うわーんぁんぁんぁん」
「ふっ、悪趣味……なのよ」
「そぉかぁ? おめぇも似たようなもんだろ。相棒を甚振ってたときの顔、今のワシに似とるでぇ」
「そんな、悪趣味な……顔のよ、一緒……のよ、しないのよ」
「ぅわっはっは! そりゃおめぇさん、同族嫌悪ってやつだ」
同族嫌悪?!
止めてよ、気持ち悪い。
「ワシもおめぇのこたぁ嫌いだ。ちょうどいいじゃねぇか。ワシのためにも、消えてくんねぇか」
そう言うと、私の左腕を撃ち抜いた。
ぐ……絶対に、悲鳴なんか上げてやるものかっ。
「っはっはー、耐えるね耐えるね。でもダメだ。そこは〝痛い〟とか〝ぎゃー〟とか鳴かないと、いい女になれねぇぞ」
「あんたのよ、絶対……いい死に方のよ、しないのよ」
「そりゃおめぇもだ」
「……っっっ!」
撃ち抜いた左腕の傷口を、グリグリと踵で踏みにじってくる。
ぜ、絶対に、悲鳴……なんか、ぐっ。
「くそっ、顔が見えねぇじゃねぇかよっ!」
腹を蹴り飛ばされ、地面を転がる。
仰向けになってはダメよ。
鈴ちゃんだけは、絶対に守らなきゃ!
「ちっ、しぶてぇな。だからおめぇは嫌いなんだよ。いい加減、諦めたらどうだ」
「エイル殿!」
2度、3度と腹を蹴飛ばされているところに、ロローさんが割り込んできた。
ロローさんの自動小銃をも跳ね返していた煙の鎧。
殴りかかってきても、無駄よ。
「は!」
え、嘘!
煙は貫通しなかったけど、押し返した?!
どんだけ力があるのよ。
モナカくんより護衛として役に立つんじゃない?
『エイルさん、今変なこと考えませんでした?』
『な、なんのことなのよ?』
『じー』
こういうところは鋭いんですから。
『それどころじゃ……ないのよ』
『あ、そうでした。もう少し耐えてください。そうすれば、ナームコさんがなんとかしてくれるはずです』
『ナームコのよ、なにを……してるのよ?』
『分かりません。どうも倉庫の目録に載ってないものを見つけたらしくて……』
ナームコさんは一体なにを見つけたのかしら。
なんでもいい。
ここから脱出できるのなら。
「ふむ、まさかこんな辺境地に、おめぇみてぇのが居たとはな」
「命令違反は止めるのであります」
「はっ、大方そこのくたばりぞこないがやったヤツだ」
「証拠が無いのであります」
「証拠だぁ? んなもん、ワシの感で十分じゃ!」
本当に嫌なヤツ。
でもね、偽造であって偽造ではないのよ。
本物を使い、正式な手順で、公式に降りた、正当な指令書なの。
出した人間が違うだけで、効力はちゃんと発揮されるわ。
例え本部長が偽物だと言っても、判断するのは中央を統轄しているA.I.。
あ、今はタイムさんのコピーでしたね。
お疲れ様です。
だから、ここで私が死のうとも、貴方も道連れになるのよ。
ふっ、最後に笑うのは、私よ。
変更なんて知らん! という連絡を読まずに突き進むアホは困るよね
次回はサンドバッグです




