第80話 貴方を信じてるから
「撃山君! やっておしまうのでございます!」
ナームコさんがそう叫ぶと、足下からゴーレムが土を巻き上げながら現れた。
勇者の祠から出てくるときに開けた穴を、塞いでるんじゃなかったの?
一体何人作ったのよ。
現れると同時に、自動小銃をデイビーさんに向けて撃った。
なにも殺さなくてもいいじゃない。
そう思う暇も無く、デイビーさんは後ろに飛び退き、テントを突き破って外に出た。
それを追いかけるように、撃山さんも出て行った。
「だーらーっ!」
入れ替わるようにウィーラーさんが拳を振りかぶって突っ込んできた。
「守君、出番なのでございます!」
再び足下からゴーレムが飛び出してきた。
ウィーラーさんは構わず守さんに拳で殴りつける。
痛くないのかしら。
轟音と供に発生した衝撃波が、テントを吹き飛ばした。
守さんのシールドがなければ、私たちもただでは済まなかっただろう。
生身の身体で、なんて力なの。
もうもうと立ちこめる煙の中、一発、二発、三発と連打してくる。
その度に衝撃波が生まれた。
守さんのお陰でなんともないが、逆を言えば動くこともできない。
恐ろしいことに、少しずつ守さんが押されている。
殴られる度に、僅かではあるが後退させられている。
なのに、押しているはずのウィーラーさんが飛び退いた。
代わりに剣を持ったゴーレムが立っていた。
いつの間に……
どうやらゴーレムの斬撃をかわしていたらしい。
全然見えなかったんですけど。
って、ゴーレムが消えた?!
いや、ウィーラーさんを追いかけていったみたい。
姿は見えないけど、音があちこちから聞こえてくる。
素手で剣戟を受けてるの?!
煙と衝撃波で何処に居るのかは分かるけど、やっぱり姿は見えない。
『今のうちに逃げるぞ』
『何処へ』
『縦穴だ』
縦穴……勇者の祠から出るときに開けた穴のことよね。
そんなところになにが……
そもそも塞いだんじゃないの?
「逃がしませんよ」
今度はデイビーさんが立ち塞がってきた。
当然ね。
「大人しくしてください。貴方にとって、悪い話ではありません」
「良い話でもないのよ」
「仕方ありません。力尽くでも、お渡しいただきます」
子供1人になにをそんなにムキになってるのよ。
デイビーさんが柄を取り出し、魔力を込めると、鞭になった。
「僕はレイモンドのように器用ではありませんから、安心してください」
レイモンドさん……火球を器用に操り、いろいろな魔法に見せかけてたっけ。
つまり、同じようなことができるという警告?
そう思わせて、本当にあれだけってこと?
だとしても、ただの鞭なはずがない。
でも今の私には、鈴ちゃんを抱えて逃げる以外、なにもできない。
撃山さんが自動小銃を撃ちながら戻ってきた。
すると、鞭を回転させて盾のようにすると、弾丸を全て防いだ。
十分器用じゃない。
相当な回転数でなければ、防げるものではない。
硬さもそうだ。
いくら速くてもそれなりの硬度がなければ、貫通してくる。
あんな鞭で叩かれたら、ひとたまりも無い。
私たちを殺してでも、鈴ちゃんを手に入れようとしてる?
そこまでして手に入れたい異世界人ってことなの?
ますます奴らに渡すわけにはいかなくなったわ。
『信じるからね』
そう言い残して、私は指定された場所へ脇目も振らず走り出した。
何十年と生きてきた中で、一番必死で死に物狂いで走ったかも知れない。
足がもつれて転びそうになっても、根性でこらえた。
心臓が痛い。
お腹も痛い。
息が苦しい。
身体が魔素が足りないと訴えてくる。
足が悲鳴を上げても、休みたいと訴えてきても、ストライキを起こすぞと脅迫してきても、リストラされたくなければ今だけでいいから最後までやり遂げろ! と活を入れた。
そして目的地を目の前にして眼前に広がる光景には、武器を構えた兵士たちがずらりと並んでいた。
無理よ。
私はただの一般人。
1対1でも勝てない相手なのに、それがズラリと並んでいる。
勝てるわけがない。
通り抜けられるはずがない。
足を止め、膝から崩れ落ち、座り込んでしまう。
「はぁ、はぁ、ごめんね。オバさん、っはぁ……守り、切れなかったよ」
足はガクガク、息も絶え絶え、心臓もオーバーワークだ。
父さんに無理をするなと言われていたのに、無理をしすぎた。
傷口が開いて体液が流れてきた。
「オバさん、なにこの青いの」
「あ、ごめんね。はぁ、はぁ、絵の具……溢しちゃったの。はあ……今、拭いて、ふぅ、あげるわ、っんあ」
よかった。
鈴ちゃんの血は赤いから、これが体液だとは気づかない。
余計な不安を与えずに済んだわ。
自分の体液を拭いてみて分かった。
青というより、紫に近い。
魔力も大分弱ってるみたいね。
頭がクラクラするのは、気のせいじゃなかったんだ。
「どうしたの?」
「ちょっと、オバさんには、はぁ、はぁ、キツいわ。はぁ、はぁ、はぁ、やっぱり、はぁ、歳には、勝てないわ。っはぁー、っあぁー」
「お前は、わたくしを信じたのではないのか」
いつのまにか、あの悪趣味なバトルスーツで身をくるんでいるナームコさんが、隣に立っていた。
「あんな……はぁ、はぁ、人数、はぁ、無理……よ」
「わたくしのゴーレム君は伊達ではない!」
そう言い残し、私を置いて突っ込んでいった。
そうね、分かったと言ったんだし、どうせ他に手は無い。
しかし、一度止めてしまった足がとうとう言うことを聞かなくなってしまった。
立つには立てたが、足が前に進んでくれない。
頭に体液が足りない。
それでも、手を止めるわけにはいかない。
私にできることなんて、それくらいだ。
「もう逃げないのですか」
デイビーさんに追いつかれてしまった。
なによ、伊達じゃなかったの。
足止めもロクにできてないじゃない。
それとも、ウィーラーさんで手一杯なのかしら。
そういうことにしてあげよう。
「ええ、もう逃げないのよ」
「では、大人しく投降してください」
「嫌なのよ」
「そうですか。仕方ありません。拘束させて頂きます」
デイビーさんが鞭を振るう。
先端が無数に分かれ、覆い被さってくる。
絶体絶命のピンチというヤツだ。
でも私は、信じてる。
貴方の言葉を。
だから私は、私にできる協力をしたの。
久しぶりのバトルパートです
少しあっさりしすぎだろうか
とはいえ、コテコテのバトルは似合わないと思うのよ
次回は逆転の一手です




