第77話 契約交渉
立ちこめる煙草の煙。
元凶が出て行っても、直ぐに綺麗になるわけもない。
しかも換気なんてされていないテントの中。
なにを考えてるのよ。
「ごめんね、煙かったでしょ」
「んーん、だいじょーぶ」
あーもー、涙目になってるじゃない。
強がっちゃって。
よしよし。
「ほう、それが勇者語ですか」
「そうなのよ」
「今勇者語を話せる人は居ません。何処で誰に教わったのですか」
「勇者小説なのよ」
「あくまでシラを切るのですね」
「ホントなのよ」
この世界から見たら、小説の中の話みたいなものよ。
ま、小説だと発音までは分からないわね。
無理があったかな。
「僕にも教えて頂けませんか」
「一朝一夕のよ、話せるようにならないのよ」
「ふむ。では例のイヤホンを作って頂けないでしょうか」
当然そうくるわよね。
簡単には渡さないわよ。
無理難題を押し付けて、断らないと。
「身分証のよ、全て開示することになるのよ。それでもいいのよ?」
「それは困ります。ロローの身分証も、全て開示させたと?」
当然の疑問ね。
「見てはないのよ」
「証明できますか」
「見てないことのよ、悪魔の証明なのよ」
「それもそうですね。では全てが見えるという証明をして頂きましょう」
つまりロローさんの個人情報をここで覗き見し、話せということね。
「ロロー、いいのよ?」
「我が輩は、中央の指示に従うだけなのであります」
拒否はしないと。
職務に忠実ね。
拒否してもいいと思うんだけど。
「どう証明すればいいのよ。データバンクのよ、全て見られるのよ」
「そうでした。これでは最初から開示しているのと替わりがありません」
つまり、作って寄越せと遠回しに言ってるのかしら。
それなら……
「リアルタイムのよ、全てが筒抜けになるのよ」
「ふむ……」
なにを考え込む必要が……
もしかして翻訳と天秤に掛けてるの?
確かにあらゆる言語が翻訳できれば、それはとても有益だわ。
でもね。
「全ての言語のよ、翻訳できるわけじゃないのよ」
「条件があるのですか」
「一言語100万ポウトなのよ。次は200万、400万、800万と増えるのよ」
「随分と法外なのでは」
個人向けに比べて法人向けが高いのは、当たり前でしょ。
「嫌なら諦めるのよ」
「むむ……」
ふふっ、昔ならこの程度、はした金でしょう。
でも今ではそんな余裕は無いはず。
「仕方ありません。その程度でしたらよろしいでしょう」
え、いいの?!
その返答は予定外だわ。
とはいえ、飲むというのなら仕方がない。
「後で契約書を渡すのよ」
「契約書、ですか」
「当然なのよ。これだけの大金が動くのよ。必須なのよ。それのよ、幾つ契約する予定なのよ?」
「幾つ……とは」
「イヤホンひとつにつき、1契約なのよ」
「……本気ですか」
「当たり前なのよ」
1契約1端末なんて、当たり前じゃない。
なに寝ぼけたことを言ってるのかしら。
「まさかとは思うのよ、買い切りとか思ってないのよ? 月額利用料でのよ、イヤホンは貸し出しなのよ」
「月額なのですか」
あのすまし顔が少し引きつってるわ。
中々効いたみたいね。
ふふっ。
「しかも貸し出しなのですか」
「壊れたのよ、無償交換できるのよ」
「なるほど」
「勿論自然故障のみなのよ。不注意による故障のよ、有償なのよ。分解した場合のよ、契約は破棄するのよ。損害賠償金も貰うのよ」
「……」
あっははは。
こういう当たり前の契約が、今の時代無いからね。
結構刺さってるみたい。
でも、ということは、デイビーさんは転生者ではない可能性がある。
無い世界からの転生者の可能性もあるけど、それは考えても仕方がない。
「僕個人では難しい判断です」
「帰ってよく検討するのよ」
ふふっ、中々面白い顔が見られたから、よしとしましょう。
ひとつでも契約が取れれば、工房のみんなのお給料を上げられるわ。
よく読んで契約をしましょう
ご利用は計画的に
レンタル品を分解してはいけません
次回は心が揺れます




