第69話 眠り姫
静まりかえった倉庫。
自分の呼吸音がやたらと大きく聞こえる。
「ね、本当にここに居るの?」
しかし、ケイボさんはなにも答えてくれない。
ただ私をその場に下ろした。
そして目の前の箱を指さすのみだった。
まさか、この箱の中にナームコさんが?!
いや、でもこの箱、きちんと梱包されてるわね。
箱に恐る恐る触れてみる。
別段変わったところは無い。
ごく普通の箱だ。
大きさは結構ある。
高さは私の身長より少し高いかな。
横幅は両手を広げれば、なんとか抱えられるくらいの幅はある。
奥行きも似たようなものかしら。
重さは……結構ありそうね。
無理をすれば背負えるくらい?
抱えるのは無理そうね。
ケイボさんは、相変わらず無言のまま指をさしたままだ。
顔の前で手を振ってみても反応がない。
止まってるの?
再起動させなきゃダメかしら。
「ナームコさん? 居たら返事して!」
広い倉庫に声が響き渡る。
返事は無い。
『ナームコさん、今何処に居るの?』
……あれ?
もしかして電波の届かない場所に居るっていうの。
『タイムさん、ナームコさんと連絡取れるのよ? ……タイムさん?』
え、まさか圏外なのは私の方なの?
身分証を確認してみるけど、圏外にはなってない。
じゃあ他のみんなが圏外になってるってこと?
そんなことってある??
『モナカくん! アニカさん! 母さん!!』
ダメだ、誰とも連絡が取れない。
そしてケイボさんは相変わらず指をさしたままだ。
ただ違うのは、私の方をチラリと見て、そして再び箱に視線を戻した。
止まったわけではなさそうね。
つまり、この箱を開けないと状況は変わらない……そういうことなのか。
まずはグルグル巻きになってるラップを剥がす。
中々に手強い。
これ、引っ張っても千切れないじゃない。
カッターの刃も通らないし。
あ、そうだ。
元素を付けてもらったグラインダーなら切れるはず。
刃を回転させ、ラップに軽く触れる。
あれだけ引っ張っても千切れなかったのに、いとも簡単に切れてしまった。
むしろ絡みついたラップを剥がす方が苦労したくらいだ。
これ、回転させない方がいいんじゃない?
試しに刃を取り外してナイフ代わりに使ってみる。
うん、切りにくいけどちゃんと切れるわ。
ひとつひとつ丁寧にラップを剥ぎ取っていく。
次に木枠を外すのだが……なんでこんなに厳重なのよ。
釘抜きどころか釘の無い世界で、どうやってこの釘を抜けばいいのかしら。
石槌で木枠を叩いて無理矢理剥がすしかないわね。
隙間に石鎚を潜り込ませ、バンバンと内側から叩いて、ひとつひとつ剥がしていく。
狭くて叩きにくい。
それでもなんとか正面の木枠を剥がすことができた。
疲れるわね。
普段ならそうでもないけど、やっぱり魔素が足りないわ。
少し休みましょう。
腰を下ろして一息つく。
水筒の水を飲み、鞄から携帯食を取り出して袋を破き、一口かじる。
勿論、例のものではなく、持ってきたヤツだ。
そういえば、朝食を食べていなかったわ。
モグモグとよくかむと、ほんのりと甘みが口の中に広がっていく。
しつこくなく、ほどよい甘みだ。
飲み込んでもう一口かじる。
ケイボさんは相変わらず微動だにせず、指をさし続けている。
一体なにが入ってるのだろう。
本当にナームコさんが入ってるの?
それとも別の……
絶対正常な状態じゃない。
だというのに、私はのんきに休憩を取り、食事をしている。
カタン
なにか居る?!
こいつの後ろ辺りから聞こえた気がする。
残りの携帯食を口に放り込み、ゴミをポケットに押し込む。
そして単発式詠唱銃を構える。
「ん……」
やっぱりなにか居る。
人の声よね。
警備ロボの機械音声とは違う。
「すぅ……」
……まさかとは思うけど、これって寝息?!
え、もしかしてナームコさんが寝てるの?
だからケイボさんはそこを指さしていた?
ということは、この箱は関係ないってこと?
もー紛らわしいわね。
とりあえず単発式詠唱銃をホルスターに納める。
「もー、なにこんなところで寝てるのよ。風邪ひくわよ」
こんなところに風邪菌が居るとも思えないけどね。
箱の裏に回ってナームコさんの姿を確認……
えっ、誰この子!
そこにはナームコさんの姿はなく、代わりに小さな女の子が寝ていた。
肩透かしを食らってしまったようです
次回は眠り姫が起きます




