第66話 狼150匹
父さんのことを伏せて、軽く説明をした。
タイムさん以外には、まだ話したくない。
「というわけで、帰りましょう。もう用はないわ」
「このまま帰るのでございますか?!」
あー、そういえばここは私だけでなく、ナームコさんにとっても宝の山だったわね。
多分私以上に。
「でもあなたはここを離れられないでしょ」
「問題ございません。この方がお手伝いしてくださるのでございます」
「この方……」
ああ、警備ロボのことか。
ナームコさんは人扱いしてるってこと……なのかな。
警備ロボには照明やナビ機能も備わっている。
動力源も外部に依存してない。
案内役としてはうってつけだ。
「そうね。でも今日はもう遅いから、明日にしましょう」
「そんなっ、ご無体なのでございます」
「分かった分かった。分かったからしがみつかないでくれる?」
暑苦しいのよ。
「ありがとうございます。わたくし、見てくるのでございます」
「じゃ、私は5階の宿直室に居るから」
「分かったのでございます」
「上に戻らないのでありますか?」
「ちょっと調べたいことがあるの。それにここならベッドで寝られるしね」
「了解であります」
「それじゃ、発電機を止めるわよ」
パネルを操作し、発電機を止める。
恐らく、もう動くことはないだろう。
燃料もほぼ空だ。
酸素の供給もない。
5千年振りのお仕事、お疲れ様でした。
もう休んでください。
眠りを妨げる者は、もう現れないでしょうから。
ありがとう。
『エイル、大丈夫か?』
モナカくん?
こんな時間にどうしたのかしら。
『どうかしたの?』
『どうかしたの……じゃないよ。アニカのことを話そうと思ったら出ないし、タイムはそれどころじゃないとか言うし、と思ったら嫌われたとか言って泣き付くし、心配してればエイルさんが気持ち悪くなったとか言い出すし……一体なにがあったんだ?』
あー、そういえばそんな感じだったかしら。
『もう解決したから、気にしなくていいわよ』
『いいわけないだろ。タイムを泣かしておいて、その言い草はなんだ!』
あなたの怒りどころはそこなのね。
口では時子時子言ってる癖に。
自覚は無いのかしら。
『マスター、もういいんだよ。解決したんだから。蒸し返さないで』
タイムちゃんもなに、そのだらしない甘ったるい声は。
顔は見えないけど、多分にやけが止まらないんだろうな。
『しかしな!』
あーもー、頭きた。
『モナカくん、私たちは犬をペットとして、友人として可愛がってるよね』
『ん? いきなりなんだ?』
『そんな犬を食用にしてたり、害獣として駆除してる国があるのは知ってる?』
『食……文化を、否定する気は、ない、ぞ……駆除だって、国の事情でしてるんだから、感情はともあれ、仕方がないだろ』
ふーん、意外と薄情なのね。
もっと騒ぐかと思ったのに。
だったら……
『野良犬がモナカくんを襲ってきて、タイムさんが野良犬を殺して、モナカくんを助けてたとしたら、どうなの?』
『俺を助けるためなんだろ。それは仕方ないんじゃないか。というか、それはこの前の魔獣で経験済みだし、俺も殺しているからな』
そうだったー。
こうなったら、最後の手段よ。
『巣で寝ていた残り149匹の魔獣を、タイムさんが寝たまま皆殺しにしてたとしたら?』
『タイム、ちょっとそこに座りなさい』
『ふえ?!』
『確かに戦略としては正しいかも知れないが――』
あ、説教が始まっちゃった。
『タイムはそんなこと――』
『言い訳しない! 相手が――』
あれ?
もしかして、あのときタイムさんが149匹殺したことになってる?
『待ってよマスター。それって小鬼だったらどうなのよ』
『ん、問題ないんじゃないか? 小鬼だし』
『なら豚鬼は?』
『だから、問題ないだろ。豚鬼だし』
『電磁猫は?』
『なんなんだよ一体。敵なんだから、容赦しなくていいの!』
『じゃあ地獄の番犬だったら?』
『そんなおぞましいこと、誰がやるっていうんだよっ!』
『ね?』
〝ね?〟じゃないわよ。
あー、なんだか悩んでる私がバカみたいじゃない。
いくら条約で決まっていても、所詮は感情論で人によって価値観が違う。
そこに折り合いを付けるために、話をしましょうってこと?
その結果が条約なのだけど。
ここにはまだ条約も賛同者も、そんなことを訴える者すら居ない。
ここが異世界だということを、改めて痛感したわ。
身体は普通でも、中身までは中々変わらないものね。
『モナカくん、ただの例え話よ。本気にしないで』
『なんだ例え話か。だとしても、趣味が悪いぞ。それになんだその話し方。気味が悪いぞ』
あなたまでそんなこと言うの?!
さすがに149匹は我慢できませんでした
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