第61話 オオネズミの人権
「父さんは今、何処に居るの?」
「目の前に居るじゃないか」
あー、そうだったわね。
「デニス父さんは、何処に居るの?」
「会ってどうする」
「トレイシー母さんの元に、連れて帰るわ」
「連れて帰って、どうするんだ」
「父さんを、母さんの元に……連れて帰るわ」
「それは父さんを手伝ってくれる……ということでいいんだな」
「そうすれば、世界は正常に、保たれるのよね」
「ああ。守人は解放される。誰も犠牲にならない世界になる。父さんと供に来い」
「今は無理よ。デニス父さんを、連れて帰らなきゃ」
「そうか。そうだな。ならここを目指せ」
1枚の地図が、身分証に送られてきた。
父さんも身分証を持ってるの?!
でもあれは、元の世界の携帯よね。
モナカくんと同じ?
詮索は後にして、地図を確認する。
「ここ?」
「そこにデニスは居る。行くなら早くしろよ。連れて帰れなくなる」
「何処の……地図なの?」
「あの妖精に聞け」
「妖精……ひっ。む、無理よっ」
「何故だ? あんなにも仲良くしてたじゃないか」
「あんな子……だとは、思わなかった……のよ」
「おいおい、自分の価値観を相手に押しつけるな。ましてや相手は異世界人。自国民ならまだしも、国どころか世界が違う。それに、そういうことならデニスやトレイシーも同じだ。彼らもゴーレムに人権があるなんて考えてない」
「ゴーレムはただの操り人形よ。知性ある人形じゃないわ」
「5千年前には自立思考型のゴーレムも少なからず居た。彼らに対しても無かったと言ってるんだ」
「あ……う……む、昔の話よ」
「私たちの星では既に簡易人権が認められていた時代だ。いいか、自分の価値観を相手に押しつけるのは、正義の味方がすることだ。那夜はあんな連中とは違うだろ」
「そうだけど……でも!」
「間違えるな。那夜は……いや、エイルは今何処で暮らしてる。みんなはどんな価値観を持って生きてる。合わせろとは言わない。だが、ここではエイルが異端児だということを、忘れるな」
私が異端児……
周りとの価値観のズレは、生きていく上で大きな足かせになる。
それでも自分の価値観を貫ける人は、多くない。
私は……合わせられるだろうか。
「はい」
「いい子だ。ちゃんと〝ごめんなさい〟するんだぞ」
頭をワシワシと撫でられる。
大きな手。
微かに感じられる、懐かしい感触。
デニス父さんやトレイシー母さんとはまた違った、少し乱暴な撫で方。
「子供扱い……しないでよ」
「バーカ。親にとって、子供は幾つになっても子供なんだよ。エイルも親になれば分かる」
「そうかな。でも私、あの子に……酷いことを言って、しまったわ」
「なにを言ったんだ」
あの子がしたこと、私がしたことを、簡単に話した。
父さんはただ黙って、全てを聞いてくれた。
「なるほどな。エイルになっても、なにも変わってないのか。1つ忠告をしてやろう。エイルは機械を一度たりとも人間扱いしてなどいない」
「当たり前よ。人権はあっても、機械は機械よ。人じゃないわ」
「それでは本当に人権があるとは言わない。確かに条約違反にはならない。だが、根本の部分では、エイルは妖精となんら変わりがない」
「私は、あの子みたいに150人も……殺して、平然としてられないわ」
「エイルはオオネズミを殺した数を覚えているか?」
「なによ、突然。そんなの」
身分証で確認すれば簡単に……
「おっと、身分証で確認するのは無しだ」
「……覚えてないわ」
「150匹以上は殺しているな」
「そのくらいは……それが、なんだっていうのよ」
「お前は知らないだろうが、オオネズミにも人権がある」
「なにを突拍子もないことを。あいつらに、知性なんて――」
「意思疎通ができないからといって、知性が無いと決めつけてはいけない。条文にあったな」
そんな一文、あったかしら。
法律家じゃないから、全文なんか読んだこと無いわ。
でも、父さんが言うのなら、あるのだろう。
「……ええ」
「彼らはそれに当たる」
「そんなことで、騙されると、思ってるの」
「騙してなどいない」
そんなことは分かってる。
でも、どうしても信じられないわ。
「原始的ではあるが、社会を形成し、独自言語で意思疎通を行ってる」
「そんなこと……誰も、言ってないわよ」
「ああ、この星の者は、オオネズミに対してそっち方面の研究をしてないからな」
「なら、なんでそんなことが、言えるのよ!」
「父さんが調べた」
意味が分からない……
調べた?
「なんの……ために?」
「こんなこともあろうかと思ってな」
「〝こんなこと〟?」
「大切な娘が、いずれは当たるであろう壁を越えるために……だ」
「そんな不確定なことで……」
「だが実際に当たってる。父さんの読みも、悪くないだろ」
「信じ、られない……そんなこと」
そもそもオオネズミにそういった社会性があることを、どうやって予測したの?
私はそんな可能性、これっぽっちも感じなかったのに。
「エイルは父さんが信じられないのか……悲しいな」
「違うの、ごめんなさい。父さんのことは……信じてるわ。でも……なら、私は……なんてことを」
「過ぎたことだ。そしてエイルはこれからも狩り続ける」
「私は……」
「エイルが狩らなくても、大勢の人がこれからも狩る。勿論、モナカ君もだ」
「と、止めな……きゃ!」
「止められるのか? 今の食糧事情を知らぬわけではあるまい。食料だけじゃない。様々なところで余すことなく使われている素材でもある。止められるわけがない」
「そう……だけど」
「ここには恒星間条約なんてものはない。どんな生き物でも、他者の犠牲の上で生きている。動物を犠牲にし、植物を犠牲にし、生きとし生けるものを犠牲にし、生き続けるしかない」
「私は……どう……したら」
「どうもしなくていい。今までどおりでいいんだ。我慢できないなら、命に感謝するんだ。そして奪った命を背負って生きていけばいい。生き物はあらゆるものの犠牲の上で生きていくしかできないんだ」
「はぁ……はぁ……」
「ん? どうした。さっきから少し変だぞ」
「う……ちょっと、気分が……それに痒くて」
「そういえば腕と足の包帯をずっと掻いてたな……! エイル、それは元素か?」
「あ……そういわれると、そうね。最初は、凄くしみて、痛かったけど、今はちょっと……痒い程度よ」
「バカッ、今すぐ取れ!」
「えっ?」
正義の味方は、民衆の味方ではありません
次回は消毒液ってしみるよね




