第59話 父さん
声が四方から聞こえてくる。
私たち以外にも、あの場所に居たってこと?
「おいおい、父さんの声をもう忘れたのか?」
父さん?
父さんの声はもっと……あ。
「思い出してくれたみたいだな」
「嘘……どうして。父さんは死んだはずよ」
「酷いな。ちゃんと足はあるぞ。ほら」
石灯籠の影から、声の主が姿を現した。
確かに足は付いてる。
でも、だったら……
「母さんが、父さんは死んだって……」
「あいつは……でもそうか。死んだことにしたのか。仕方ないか。家族から大罪人を出すわけにはいかない」
「大罪人?」
「ああ。父さんはな、罪を犯したんだ」
「それで処刑されたの? それを隠すために母さんは嘘を?」
「だから父さんは死んでない。お前への方便だろ。まだ小さかったからな」
「まさか……浮気したの? 母さんを裏切ってたのね!」
子供の情操教育上、そういった方便はよくある話だ。
まさか自分の父さんがそうだったとは、考えたことも無かった。
「何故そうなる。浮気はしてない。裏切ってもない」
「なら、大罪ってなんなのよ。死んだことにしなきゃならないような大罪ってなんなの」
「ふむ……この世界はいいな。魔力に満ちあふれてる」
突然なに?
確かに私たちの世界にも魔力はあったけど、微々たるものだった。
でもこの世界は魔力で、魔素でいっぱいだ。
代わりに電力や元素は無いに等しいけどね。
「お前の身体も、魔力で満ちあふれてるではないか」
「当たり前でしょ。この世界で生まれたんだから」
「そうだな。この親不孝者。親より先に死ぬヤツがあるか」
「仕方ないでしょ。あんなところで上から植木鉢が落ちてくるなんて思わないもの」
「だが、落ちてきた。しかし、当たらなかった」
「! 見てたの?!」
「ああ、偶然な」
まさかあれを見られていたとは……
恥ずかしい。
「奇跡的に避けたお前は――」
「言わないでよ!」
「――酒に酔ってたこともあってよろけてしまい、欄干を超えて下に落ちた」
「言わないでって言ってるでしょ!」
「っはっはっは、すまんすまん」
うー、でもあのとき、周りに誰も居なかったはず。
何処から見てたのよ。
「確か6人目の彼氏に振られて、やけ酒をしてたときだ」
「殺すっ! 絶対に殺す!」
「まぁ待て。殺すなら事が終わってからにしてくれ」
「事が終わってから?」
「ああ。5千年前、星が2つに割れ、片方が入れ替わったことは知ってるな」
「ええ。歴史で習ったわ」
「そして守人によって星は支えられていることも」
「……ええ」
「そして守人を支えるために、様々な特権が与えられていることも」
「そうね。それがなんだっていうのよ」
「千年前に大罪を犯した親子の話はどうだ」
「学校で習ったわよ。自分でも調べた」
「そうか……調べてどうだった?」
「教科書に載ってたものに、毛が生えたようなことしか分からなかったわ」
「だろうな」
「それがなんだっていうのよ」
「5千年前の話……最近も聞かなかったか?」
「この星も5千年前に半分失ったって習ったわ」
「そうだな。似てるな、あの世界と」
「似てないわよ。あの世界は入れ替わった。でもこの世界は失ったのよ」
「失ってなどいない。きちんと入れ替わっている」
「そんなはずないわ。だとしたら、この世界にはもっと元素が溢れていてもおかしくないはずよ。確かに入れ替わったという説もあるけれど、証明はされてないわ」
「勇者の祠が……貿易センタービルがその証拠だ」
「あんな建物1つじゃ、証拠になんかならないわ」
「そうだな、そうかもしれん。だが事実だ。父さんを信じろ」
「信じろって……言われても」
父さんが間違ったことを言ったところを、私は知らない。
ならこれも、信じていいの?
「センタービルは埋もれてただろ。同様にその殆どが埋もれてるんだ。魔素に覆われてしまってるんだ」
「仮にそれが事実だとして、だからなんだっていうの」
「この2つの星の異常な状態を元に戻せば、守人はその役目を終え、解放されるんだよ。もう人柱を立てる必要が無くなる。誰かの犠牲の下、暮らさなくて済むんだ。父さんはな、今その手伝いをしているんだ」
「手伝い?」
「ああ。イーブリン様の手伝いをしている」
「イーブリン」
何処かで聞いた名前ね。
確か歴史の授業で……
「大罪の親子の娘の方と、同じ名前ね」
歴史上の人物と同じ名前の人なんて、ごまんといる。
そんなことを気にしていたら、名前なんて付けられない。
なのにわざわざ口に出してしまった。
〝大罪〟という言葉を聞いていたからだろうか。
「当たり前だ。ご本人様だからな」
「本人?! 千年前の人間なのよ。まだ生きてるっていうの?」
「そうだ」
「騙されてるんじゃないの?」
「父さんも最初はそう思ったさ。だが、間違いなくご本人様だ。転生とか、憑依とか、クローンとか、ゾンビとか、亡霊とかではない。紛れもなく、ご本人様だ」
「だとしても、大罪人の言うことなんて信じるの? それこそ騙されてるんじゃないの?」
「そうではない。あの親子を大罪人に仕立てたのは、守人の一族なんだ。世界を救われては、利権を失うことになるのだから」
「それを信じてるの?」
騙されてる人の言動そのものじゃない。
「信じられないのも無理はない。父さんも最初は信じられなかったさ。だが彼女と過ごすうちに、彼女は信じられる人物であると理解したんだ」
それは洗脳されたってことじゃないの?
「仮にそれが全て真実だとして、どうやって救うつもり?」
「簡単な話だ。もう一度交換すればいい」
漸く父さんが出てきました
回想シーンではない、今を生きている父さんが……
次回は両親の話です




