第5話 ただいま
「お帰りなさい」
案の定、トレイシーさんは家の外で俺たちの帰りを待ち構えてくれていた。
「ただいまなのよ」
散歩から帰ってきたかのような、あっさりとした返事のエイル。
そんなエイルにトレイシーさんは駆け寄って抱き締めた。
「帰ってきてくれて、ありがとう」
「ちょっ、母さん、痛いのよ」
「生きてる証拠よ。ああ、エイルさん、お帰りなさい」
「た、ただいまなのよ。みんなのよ、帰ってきたのよ」
「そうでしたね。ごめんなさい、エイルさんばっかり」
「いえ、気にしないでください」
漸くエイルが解放されたと思ったら、今度は俺が抱き締められた。
「モナカさん、お帰りなさい」
「ただいま」
そしてアニカも。
「アニカさん、お帰りなさい」
「ただいま帰りました」
何故かナームコまでも。
「えっと、どちら様でしたっけ」
抱き付いてから聞くんだ。
「わたくしはモナカ様の妹の、ナーム・コカトス・プリスコットと申すのでございます。ナームコとお呼び頂きたいのでございます」
「あら、モナカさんの妹さんなのね」
「違いますっ!」
こいつ、とことん俺をお兄さん扱いするつもりか。
いい加減バラせよ。
「兄様?!」
「モナカさん。ダメですよ、妹さんをいじめては」
「ですから、妹じゃないんですよ」
「兄様っ、酷いのでございます!」
「話をややこしくするな。トレイシーさん、こいつがエイルを結界の外に引っ張り出した元凶なんですよ」
「そうなんですか?」
「本当なのよ」
「ナームコさん、本当なんですか?」
「事情はよく存じ上げないのでございますが、兄様がそう仰るのであるならば、そうなのだと存じるのでございます」
「モナカさん、そうなんですか?」
「そうなんです」
「やっぱりモナカさんがお兄さんなんですね」
そこをくみ取るのかよっ。
はぁ、もういいや。
「はい、そうです」
「やっぱりそうだったんだね!」
「アニカ、ちょっと黙ってろ」
「う……ごめんよ」
お前は違うって分かっているだろうが。
「兄様……漸くわたくしめを妹とお認めになって頂けたのでございますね。わたくし、至上の喜びがあふれ出てきたのでございます」
「えーいひっつくなっ!」
騒がしくも、それが日常のやり取りになりつつある中、時子は1人ぽつんと離れたところにたたずんでいた。
しかし当然ではあるが、トレイシーさんに見つかってしまう。
さすがにトレイシーさんから逃げるようなことはせず、素直に抱き付かれている。
「トキコさん、お帰りなさい」
「あ……お、おじゃまします」
「こら。家に帰ってきたときは、〝おじゃまします〟じゃなくて、〝ただいま〟でしょ」
「あの……その」
「〝ただいま〟ですよ」
「と……時子は、ここを出て行こうと思います」
いきなりなにを言い出すんだ?
出て行く?
何処へ?
「あら。モナカさん、そうなんですか?」
「いえ。ご迷惑でなければ、これからもお世話になりたいと思ってます」
「迷惑なんてことありませんよ。これからも、エイルさんのこと、よろしくお願いしますね」
んん?
それは婿養子的な意味じゃないよな。
「トキコさんも、ずっと居ていいんですよ」
「でも、時子は……」
本当に出て行くつもりなのか?
俺が居るから……とかだろうか。
「せ、先輩を探しに行かなきゃいけないから……その」
そういうことか。
外で怖い目にあったもんな。
あのとき、〝先輩〟って言ったのは、〝助けて〟ってことだったのか。
でも、そういうことなら。
「なら、俺も一緒に探しに行くよ」
「ひっ」
くっ、やっぱりそうなるか。
移動中も、ずっと避けられていたし。
「あなたは、ついてこなくていいです」
名前すら呼んでもらえないんですけど。
マジかー。
「時子っ、いい加減にするのよ! 勝手は許さないのよ」
「かっ、勝手じゃないわ。時子は元々先輩を探さないといけないんだから」
「先輩のよ、目の前に居るのよ!」
痛っ!
手を引っ張るな!
って、押すな押すな!
最後は背中を思いっきり突き飛ばされて、時子にぶつけられてしまった。
「やっ!」
痛っ!
今度は時子に突き飛ばされてしまった。
「やじゃないのよ」
だから痛いって!
お前らっ、何回突き飛ばすつもりだ。
「この人は、先輩じゃありません。知らない人です」
あーもうどうにでもしてくれ。
エイルと時子の間を行ったり来たり。
突き飛ばされているんだか、掌底突きを入れられているんだか、分からなくなってきた。
でも〝先輩〟じゃないのは認めるけど、〝知らない人〟って……
ただ嫌われているとかいうレベルじゃないな。
もう突き飛ばされて身体が痛いのより、心が痛い。
そんな中、トレイシーさんはフブキにお帰りと言っている。
あ、こっちは放置なんですね。
しかもフブキを一犬家に連れて行ったぞ。
エイルの暴挙から助けてほしかった。
「2人とも、いい加減にするのでございます。兄様がぐったりしているのでございます」
まさかここでナームコに助けられるとは思わなかったぞ。
間に入って俺を抱きかかえてくれた。
力が入らず、ナームコに身体を預ける。
「兄様っ、お気を確かにするのでございます」
「無ー理ー」
なるほど。
ナームコが俺に〝妹じゃない〟って言われたときの気持ちが、分かったような気がする。
「悪かったな。ありがとう」
「兄様?! いきなりどうなされたのでございますか?」
「いや、なんでもないんだ……なんでも……うっ」
くそっ。
なんでこんなにも胸が痛いんだ。
「お母様、兄様を寝かせてさし上げたいのでございます。案内して頂けないでございましょうか」
「はい、分かりました。付いてきてくださいな」
「シャコも来るのでございます。出て行くにしても、今日ではないのでございましょう?」
「……」
「シャコ!」
「トキコさん、お食事、用意してあるんです。食べてもらえませんか」
それでも無言の時子。
ただ、かすかに首を縦に動かした。
「ありがとうございます。ささ、中に入りましょう」
久しぶりの我が家です
次回はトレイシーさんが涙します