第43話 飛ばない皿は、運べばいい
家の中に入ると、トレイシーさんが夕飯の支度をしているところだった。
「お帰りなさい。あら、フレッドさんは帰られたのですか?」
「ただいま。はい、帰りました。自分のすべきことは、ここには無いそうです」
「そうですか」
「もしかして、フレッドの分も?」
「ふふっ。そんなこと、気にしなくていいんですよ」
「俺がフレッドの分も食べます」
「同じものばかりだと、飽きませんか?」
そんなこと気にしてくれていたのか。
だからいつも量より品数だったんだ。
大変だろうに。
「トレイシーさんのご飯はなんでも美味しいから、飽きなんてしませんよ」
「そお? じゃ、お願いするわね」
支度が終わるまで、アニカとシャワーを浴びた。
いつものようなネチっこさがなく、ただ漫然と洗われている。
泡立ちもいつもより悪い。
俺がアニカを洗うときは、更に泡立ちが悪くなった。
もう殆どタオルでこすっているだけみたいな感じだ。
お湯の温度も安定しない。
魔力を込めれば、老若男女、誰もが安定して使えるのが魔法杖じゃなかったのかよ。
不良品かと疑いたくなってくる。
こんな状態じゃアニカに任せられないな。
シャワーを終え、身体を拭き、服を着る。
「アニカ、なにやってんだよ。ほら、ちゃんと身体拭いて」
なんで俺が拭いてやらなきゃならないんだ。
そりゃ、普段身体洗ってもらっているけどさ。
そこはお互い様だし。
「ほら、足上げて、ちゃんとパンツはく! あ……ブ、ブラは、自分で付けろよ」
付け方知らないし。
後ろを向いて待っていると、背中をつつかれた。
「付けたか? そしたら上着だ。ほら、袖に腕通せ……反対側も……じゃ、ボタン閉めるからな……よし、最後はズボンだ。足上げろ……よし! 戻るぞ…………アニカ、扉、開けてくれ」
はー。も、疲れた。
タイムはなんでこんな面倒なこと、ずっとしてくれてたんだろ。
「出ました。トレイシーさん、お手数ですが、時子さんをシャワーに入れてやってもらえませんか?」
「構いませんよ」
「大丈夫です。1人で入れますから」
あ、食事のお礼以外で、今日初めて声を聞いたような気がする。
朝おはようって言っても、返してくれなかったのにな。
フブキの散歩のときも、無言で手を繋いだし。
フブキに乗るときも、無言でしがみついてきたし。
とにかく無言だったのに。
「携帯は防水じゃないんだろ。アニカはこんな状態だし、トレイシーさんに入れてもらえ」
しかし返事は返ってこない。
俺に対してはダンマリなのかよ。
下を向いて、顔すら見せてくれない。
今日、まだまともに時子の顔、見ていない気がする。
「トキコさん、オバさんと入るのは嫌?」
下を向いたまま、首を左右に振っている。
トレイシーさんには、反応するんだよな。
ま、そのくらいの感情は残っているってことか。
そのくせ俺には首すら振ってくれないからな。
前より悪化しているはずなのに、充電効率の悪化が止まったのは、なんでだろう。
「そう、よかった。それじゃ、入りましょうか。モナカさん、アニカさん、少し待っててくださいね」
「ゆっくりしてきてください」
トレイシーさんに手を引かれ、シャワー室に入っていく。
「アニカは座ってな。仕度は俺がするから」
「あ……ボクが、やるよ」
「いいから座ってろ。シャワーもロクに使えなかった今のアニカに、皿が運べるとは思えないよ」
皿が途中で落ちでもしたら、目も当てられない。
「フレッドから連絡があるまで、ゆっくり休め」
納得したのか、自分の席について大人しく待ってくれている。
俺は台所から皿を持って食卓に並べ始めた。
普段なら皿が飛んできて、綺麗に並ぶんだけどな。
子供の頃、こんなことをやっていたような気がする。
気がするだけで、覚えていないけど。
でも初めてやっている、という感覚はない。
だからやったことがあるんだと思う。
全然覚えていないけど。
家事の手伝い、してますか
次回は寝ます




