第42話 天秤に載せられない
駐車場に荷台を置き、山に入る。
俺が先頭で次がアニカ・フレッドと続き、時子はフブキに乗ったまま、最後尾から付いてきている。
イフリータを召喚した場所までは、タイムがAR上にルートを表示してくれているので、迷うことなく辿り着ける。
問題は、アニカとフレッドが完全に無防備ということだ。
なにしろフレッドが連れてきていた従者までもが精霊を呼び出すことができなくなっていた。
だから連れてきても足手まといなので置いてきた。
そう、精霊召喚術師は精霊が居なければ無力なのだ。
「なあフレッド、アニカを邪魔していたときの連中はどうしたんだ?」
「奴らは傭兵だ。こんなことになるとは思っていなかったのでな。雇ってきていない」
なるほど。
「攻撃魔法の魔法杖は持っていないのか?」
「使えなくはないが、こんなことになるとは思っていなかったのでな。持ってきていない」
なるほど。
〝こんなこともあろうかと!〟なんてことは無いのか。
船乗りの左奈田さんを見習ってもらいたいものだ。
なので結局俺が2人をオオネズミから守らないといけない。
そして時子も……
外から戻って以来、時子は携帯で戦闘行為をしていない。
攻撃魔法はおろか、補助魔法も使っていない。
日常生活では仕方なく使っているという状態だ。
だから今もフブキにしがみついて震えている。
震えているのはフブキが冷たいからじゃない。
怖いからだ。
そんな恐怖、俺が吹き飛ばしてやる! と思ったものの、避けられていては話にならない。
フブキも時子にしがみつかれていて、戦いにくそうだ。
フブキは以前、時子を振り落として気づかなかったことがある。
それが思い出されるのか、動きに思い切りがない。
普段なら突っ込むところで躊躇ったり、踏み込みが甘かったりしている。
それでもオオネズミに遅れを取るようなことは無い。
それに、俺がその分動けばいいだけだ。
オオネズミを蹴散らし、目的の場所へ到着した。
ここは火属性が他の場所より強いらしい。
当然だが俺には分からない。
そしてエイルにも分からない。
属性を感じられるのは、優れた召喚術師だけらしい。
だからなのか、魔法の属性論は廃れてしまっている。
要するに、元の世界の五大元素的な感じだ。
最初はアニカだけのはずが、フレッドまで巻き込んでの召喚テスト……となるはずだったのだが。
「なに?! そうか、報告御苦労」
フレッドに従者から連絡があった。
というのも、俺たちが出かけて暫くしたら、精霊召喚ができるようになったという。
その報告を受け、フレッドがイフリータを呼びつけようとしたのだが……
「ふむ、やはり現れんな。そもそも精霊力を全く感じぬぞ」
「兄さん、ボクから離れた方がいいよ」
「なに?!」
「ボクの側に居ると、精霊が召喚できなくなるんだよ。だから兄さんの従者さんたちは召喚できるようになったんだ」
「そんなわけあるか。アニカは悪くない。兄の意志が弱いから、イフリータが現れないだけだ」
「ならなんで精霊力まで感じられないの? おかしいでしょ。それってつまり、辺りに微精霊すら居ないってことなんだよ。その意味、分かるよね」
「う……うむ」
「どういうことだ?」
「うーん、簡単に言うと、知らない場所で迷子になって泣いてる子供が、泣き声が聞こえないくらい遠くに逃げてる……みたいな感じかな。ごめん、上手く説明できないや」
「いや、大丈夫だ。なんとなく分かった」
多分微精霊すら逃げちゃったから精霊力が感じられないってことだろう。
「もしボクの力が暴走したら、この世界から、ううん。人間界から精霊が居なくなっちゃうよ」
「そんなことなどない」
「そんなの、分からないじゃないかっ。ボクが居る限り……ボクなんか、消えて無くなっちゃえばいいんだ」
「なにを言う! アニカが消えていいことなどない。兄は精霊などより、アニカの方が大切なのだぞ」
「精霊たち全員とボクとじゃ、釣り合いが取れないよ」
「当たり前だっ! アニカの方が圧倒的に重い。天秤に掛けることすら愚かだぞ! あ、いや。アニカが愚かなのではないぞ」
なに取り繕っているんだよ。
でもまあ、たまには良いこと言うな。
だからといって、精霊たちがそこまで軽いとも思えないけど。
どっちも大切だ。
ただ、俺たちにとってはアニカの方が大切だってだけだ。
「ここに居ても無駄なようだな。戻るとしようではないか」
「そうだな。アニカ、戻ろう」
「……うん」
山を下り、家に帰る。
フレッドはアニカに話しかけるが、アニカは答えない。
家に帰り着くと、フレッドは一度帰ると言い出した。
「イフリータに尋問しようと思う」
「イフリータに?!」
「そうだ。あやつなら自身の体験を理解できるはずだ。そして解決策もな」
「そうか……そうだな。分かった。頼んだぞ」
「ふん。貴様に頼まれずとも、やり遂げてみせるわ。俺様は兄だからな。可愛い弟のため、尽力するのは当たり前だ」
「ああ、そうだな」
問題はあるけど、やっぱりお兄さんなんだな。
天秤に掛けるのもおこがましい、でも他の人からは鼻で笑われるようなもの、ありますか?
次回はモナカとアニカがシャワーです




