第39話 そこに居ない
翌日。
午前中、アニカは頑張ったようだけど、結局精霊は答えてくれなかった。
だから昼飯後、フレッドに連絡を取った。
「何故もっと早く連絡をよこさないんだ!」
呼び鈴を連打し、玄関をダンダンと叩きまくる迷惑な来客をトレイシーさんが出迎えると、開口一番そう叫びやがった。
おかしい。
連絡をしてから2時間経っていないはずだ。
なのになんでここに居る……
「アニカ! 何処だ!」
無遠慮にドカドカと上がってくる。
「兄さん! 靴脱いでよ!」
「おおアニカ! 無事かっ」
「靴!」
「ん? ああ、これはコンスタンツにこしらえさせた一品だ。欲しいなら、こしらえさせるぞ」
「違うよっ! 家に上がるときは玄関で靴を脱ぐんだよ、このバカフレッド!」
フレッドの頭が、スパーンといい音を立てた。
「痛たた……兄を叩くでないっ」
「なら蹴っ飛ばそうか?」
「待て待て待て! えーと、靴を脱げばよいのだな」
「そうだよ」
なんか、随分元気になったな。
ここ最近で一番じゃないか?
やっぱりフレッドに来てもらって正解なようだ。
そっか。
アニカの家は靴を脱がないのか。
結構大きいのか?
精霊召喚術師の本家なんだから、当たり前か。
「あと、汚したんだから、ちゃんと拭きなよ」
「なに?! 兄に拭き掃除をさせると痛っ!」
「返事は?」
「兄の頭をポンポン叩くでない!」
「へ・ん・じ・は?」
「は、はい」
この勢いを、どうして精霊には向けられないのかね。
本当にアニカかって、疑いたくなるよ。
体格的に小さいはずのアニカの方が、フレッドより大きく見えるのは錯覚だよな。
「フレッドさん、オバさんがやっておきますから、アニカさんとゆっくりしてくださいね」
「む? そうか」
「〝そうか〟じゃないよっ。トレイシーさん、兄さんを甘やかさないでください」
「いえいえ。お客さんにこんなことさせられませんよ。フレッドさん、気にしないでくださいね」
「トレイシーさん!」
「そんなことよりアニカよ、精霊と交信ができなくなったというのは、本当なのか?」
「あ……うん」
「アニカ、話はエイルの部屋でしよう」
「あ、そうだね。うるさくしてごめんなさい」
「気にしなくていいのよ。フレッドさん、御夕飯は食べていかれますか?」
「そうだな。貰おう」
「兄さんっ、言い方!」
「いいんですよ。ゆっくりしていってくださいね」
「おい、部屋に案内しろ」
ったく、何処まで俺様なんだか。
せめてもの救いは、トレイシーさんに向けられた言葉じゃないってことだ。
「……はぁ。こっちだ」
「ごめんねモナカくん」
「気にするな。いちいち腹を立ててたらキリがない」
それに案内するっていっても、目と鼻の先だ。
数歩歩けば、部屋の前に辿り着く。
そしていつものように、アニカが扉を開けた。
「おい貴様!」
今度はなんだ。
「俺の可愛いアニカに侍女の真似事をさせるとは、どういう了見だ!」
ああ、そういうことか。
「忘れたの? モナカくんは魔力が無いんだよ」
「なに?! 魔力欠乏症の世話をしているというのかっ」
「前にも話したよね」
「そこの侍女!」
「トレイシーさんは、この家の家長だよっ! 失礼なこと言わないで」
「なに?! 尚のこと悪いぞ。貴様、魔力欠乏症の者が居るというのに、何故魔法道具を交換しない」
「すみません。そうしたいのは山々なのですが、難しいですね」
そういえば昔、そんな話をしてたっけ。
高額だということもあるけど、必要ないってエイルが言って、それっきりだ。
「何故だ。そんなもの、業者に頼めば――」
「兄さんっ! いい加減にしてよ。そういう話をしに来たんなら帰って! もぅ、だから呼ぶの嫌だって言ったんだよ」
「そ、そうだったな。兄が悪かった。ささ、中に入って話をしようではないか」
まったく。
呼んどいてなんだけど、失敗だったかな。
いつもは外で、中には入れなかった。
アニカが中に入れさせなかったんだよね。
こうなることが分かっていたからなのか?
「おい貴様」
まだなにかあるのかよ。
「何故貴様まで部屋に入る必要がある」
「は?」
なに言ってんだこいつ。
「モナカくんは居ていいんだよ。むしろ兄さんが要らないんだけど」
「アニカよ、そんなことを言うでない」
「アニカの許可を貰っているんだ。これ以上の許可証なんて無いだろ」
「くっ、仕方あるまい。度し難いことではあるが、同席を許可してやる。感謝せよ」
「へいへい。アニカ、ありがとう」
「もぅ、アレの言うことなんか聞かなくていいんだよ」
「アニカよ、兄をアレ呼ばわりは酷くないか?」
「そんなことよりフレッド、お前イフリータはどうした」
絶対いつものように人間界へ顕現して、ここに来ると思ったのに、見当たらない。
もしかして、家の中に入ると家を焼いてしまうから中に入ってこなかったのか?
でもイフリータクラスが、その程度の制御ができないはずはない。
「貴様の目は節穴か? イフリータならこのあばら屋に入る前から俺様の後ろ……ん? イフリータ?」
フレッドは辺りを見渡しながら、イフリータを呼ぶ。
が、イフリータは現れない。
姿形の欠片も見えない。
まさか、居なくなった?
「おいイフリータ! 俺様の許可無く精霊界に還るとは、いい度胸ではないか」
そう問い掛けるも、返事はない。
イフリータが消えたってことか?
「モナカくんから聞いてたでしょ。イフリータも、ボクに会いたくないんだ」
「そんなことは断じてない! あやつは暇さえあればルゲンツの話を、それはそれは楽しそうにしていたのだぞ。しかも同じ話を飽くことなく何度もな。今日だってアニカに会えるとずっと興奮していたのだぞ。そのような悲しいことを言うでない」
「だったらなんで……」
「ふむ。一度我が家へ――」
「帰らないよ」
「しかしだな……」
アニカにしては、珍しく強く出ているな。
フレッドだから……ということじゃなさそうだ。
顔つきが違う。
強い意志を感じる。
フレッドも感じているのか、少したじろいでいるように見える。
「あー、わかった。であるなら、イフリータを呼びだした場所へ行くぞ。それならば、構わないな」
「……うん。モナカくんも来てくれるかい?」
「ああ、いいぞ」
「こやつを連れて行っても、役には立たんぞ」
言ってくれる。
が、否定はできない。
精霊どころか、魔力が無いからな。
「居てくれるだけでいいんだよ」
「ふん、まぁいい。アニカがそう言うのだ、付いてくることを許してやろう」
「ありがとさん」
いちいち面倒なヤツだ。
家では靴を脱ぎますか?
次回はシャワーシーンがありますw




