第37話 先輩じゃ……
「なんでそこで先輩なの?!」
「え? だって、時子が好きなのは先輩で、その先輩を見つけるために、今頑張ってるんだぞ」
「自分で幸せにしてやるって思わないの?!」
「それは……できればそうしたいよ。でも、多分それは叶わないと思うし、俺自身も多分望んでない」
「お嫁さんにするんじゃなかったの?!」
「んー。ほら、出張所に行ってから、時子がやたらとベタベタしてきたことがあっただろ。なんか違うなって思っちゃって」
「なにが違うのさ」
「そうだな……俺が好きな時子はさ、そんなことしないんだよ。いつも先輩の話ばっかりしててさ。俺のことなんか……今みたいなのとは違うけど、なんか避ける……逃げる? あー、じゃれ合うみたいな感じだっただろ。ああいう感じが心地よかったんだ」
「モナカくんって、マゾなの?」
「断じて違うっ! そういうことじゃなくてだな……えーと。あれだ。先輩の話をしているときの、あのキラキラした時子の笑顔が凄く可愛いんだ。あの顔が見ていられるのなら、時子があの顔をしてくれるのなら、時子が誰を好きでも構わないんだ。勿論俺を好きになってくれるのが一番だけど。だからはっきり言えば、今の時子は好きじゃない。暗く沈んだ顔は好きじゃない。時子にそんな顔をさせてしまう自分が嫌いだ。だからあまり無理はさせたくないんだ」
「ヤダって言ってるのに、手を離してくれなかったじゃない」
離れたところに居たと思っていたのに、真後ろから時子の声が聞こえてきた。
驚いて振り向くと、目の前に時子が居た。
今にも零れそうな涙を溜めて、俺を睨み付けている。
「ヤダって言ってるのに、手を離してくれなかったじゃない!」
散歩のときのことを言っているのか。
「だから〝あまり〟って言っただろ。それに、外だと誰の目があるか分からないんだ。あのオバさんの耳に入ったら、また面倒だろ」
そんなものは建前で、俺が繋ぎたいから離さないだけだ。
なんて思っていたら、時子の平手打ちが飛んできた。
避けるのは簡単だ。
そのくらいには成長した。
でも、俺は避けない。
時子の涙が宙を舞う。
その一雫一雫をしっかりと両の目に焼き付ける。
そして辺りにとてもいい音が鳴り響いた。
頬が赤く染まる。
ジンジンと痛みが頬を支配していく。
「なんで避けないのよ、バカッ!」
ええ?!
今の、避ける流れなのか?
「先輩のマネばっかりするなっ!」
先輩のマネ?
するなと言われても、俺は先輩のことを知らないんだから、マネることなんてできないぞ。
時子の目から、止めどなく涙があふれ出た。
頬を伝い、顎からしたたり落ち、でも拭うこともせず、俺を憎々しげに睨み付けてくる。
その視線をしっかりと受け止めた。
「ごめん」
泣かせてしまった。
どんな理由であろうと、こんな涙を流させてはいけない。
なのに、避けられなかった。
「ぁやまんなっ、うぐっ」
胸をグーで叩かれる。
いつものポカポカとは違い、しっかり力が入っていて、ドンドンと胸に響いた。
「あなたは先輩じゃない」
「ああ、俺はモナカだ」
俺はクーヤであって、真弓先輩じゃない。
そんなことは分かっている。
「どうして……先輩じゃ……ううっ」
「ごめん」
管理者は、どうして時子の願いを叶えてやらないんだろう。
時子は、どうして俺の前に現れたんだろう。
そんなことはどうでもいい。
管理者が邪魔をするなら、抗えばいい。
「絶対、先輩のところへ連れて行ってやるからな」
「無理だよ。だって、先輩は……ああああー、っうう」
「お前が諦めても、俺は諦めないからな」
無理なんて百も承知だ。
ナームコのお兄さんみたいになることはなくても、その糧になってしまう可能性はある。
俺たちみたいに異能を貰っているだろうから、そう簡単にやられはしないだろうけど。
久々に会話らしい会話をしています
次回は第3章のフラグ(?)回収です




