第35話 再契約
アニカが精霊を召喚できないまま、3週間以上が経った。
表には出していないが、かなり落ち込んでいる。
いや、下手したらこの世の終わりくらいに感じているだろう。
なにしろ俺と一緒にシャワーを浴びていても、上の空だからな。
いつもなら身体を洗ってるんだか、触ってるんだか分からない感じだ。
なのに今は普通に洗っている。
絶対におかしい。
なにかの切っ掛けになれば……と思って、エイルが置いていった荷台をフブキに牽いてもらい、精霊と契約した山へ向かうことにした。
ちなみに荷台は工房の職人さんが、フブキが牽けるようにしてくれた。
ありがとう。
代金はエイルに貰ってくれ。
荷台にアニカと時子を乗せて、山へ入っていく。
時子は散歩のとき以外、極力俺に近づかないようにしている。
それでも、一緒に行動してくれるだけで嬉しい。
帰ってきた日に〝先輩を探しに行くから出て行く〟と言ったきり、一度も言わなくなった。
もう出て行くつもりはないのだろうか。
それとも、タイミングを見計らっているのだろうか。
なんでもいい。
俺は時子に付いていくだけだ。
充電が……なんて理由じゃない。
先輩の元へ、時子を無事に連れて行く。
今の俺には、そんなことしかしてやれないからな。
ま、ナースが携帯に潜り込んでるから、隠れて出て行ってもすぐ分かる。
逃げようったって、逃がさないからな。
山に入ってやることといえば、鉱石採取だ。
俺とフブキでオオネズミを蹴散らし、アニカがフンを漁る。
なんだろう。
一心不乱になって漁っている姿が、痛々しい。
恥も外聞もかなぐり捨てて、火魔石を集めている。
全身フンまみれだ。
エイルは鉱石に属性なんて無いっていうけど、アニカはあるという。
どっちが正しいのか、どっちも正しいのか、俺には分からない。
1つ言えるのは、アニカにはそれが分かっているということだ。
前回のときは、大きさや形で選んで召喚陣に利用していた。
でも今回は違うらしい。
明らかに大きめのものなのに、アニカは見向きもしないことがある。
逆に小さくても大事に扱うこともある。
そしてそれらを仕分けして、整理してもいる。
アニカも成長したということか。
俺は俺でオオネズミ程度ならいくら掛かってきても、後れを取ることは無くなった。
今は禁猟期間だからゲンコウトカゲを狩ることはできない。
でも今なら俺1人でも狩れるはずだ。
そのくらいには成長していると思いたい。
そして契約に必要なだけの火魔石を集めると、契約を試みる。
前回と比べられないくらい、綺麗な光景だ。
契約陣はゆがみが1つも無い。
大きさはまちまちだけど、等しく輝く火魔石が眩しい。
夕暮れ時なのに、昼間より明るいくらいだ。
そして淀みなく紡がれるアニカの調べ。
耳に心地よく、心穏やかになっていく。
暗い顔をしている時子も、このときばかりは穏やかな顔になってくれている。
俺では照らすことができない時子の暗闇を、アニカが煌々と照らしているかのようだ。
「それはボクがトキコさんのご主人様だからだよ」
あれも強制力とだと言いたいのだろうか。
もしかして、アニカに慰められた……のか?
時子の暗闇を照らすほどの輝きだというのに、精霊は姿を現してくれない。
普段から辺りをうろついている微精霊ですら見かけなくなった。
それほどに力が落ちているということだろうか。
「ボク、嫌われちゃったのかな」
「それだけは絶対にない! 体調が悪いだけだ。な!」
「モナカくん、この世に絶対なんて無いんだよ」
「絶対だ! 鎌鼬がお前を嫌いになるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないから」
「そんなことないよ。ボク、鎌鼬に嫌われてるの、知ってるから」
「そう思ってるのはアニカだけだって言ってるだろ」
「そんなことないよ」
「そうなんだって」
あれだけ分かり易い反応なのに、どうでもいい周りの人間にだけはしっかり伝わって、なんで本人にはまったく伝わらないんだよ。
嫌いなヤツの首に、好き好んでずっと優しく巻き付くわけないだろ。
お留守番組の話は数話で終わらせる予定が、少し長くなりました
次回はモナカが吠えます




