第29話 試運転
さて、5千年ぶりにこの子は動いてくれるかしら。
ごめんね、ロクにお手入れしてあげられなくて。
さ、起きてちょうだい。
この子が機械王なら、〝我が眠りを妨げる愚か者は貴様か〟とか喋ってくれるんだけど。
フロートウィンドウには無機質に[起動します]と表示されるだけ。
自我なんてものは無い。
セルが回ってエンジンを動かそうとする。
懐かしい音……
最初はモーターの力で回るだけで、中々動かない。
「おお?! こやつ、唸ってるのであります」
燃料ポンプがタンクから燃料を届けるまでの辛抱だ。
少しすると明らかに音が替わり、一気にエンジンの回転数が上がっていく。
「うひーっ! ほ、吠えたであります! やるでありますかっ!」
「ダメよ撃ったら!」
音が大きくなったかと思うと、直ぐに回転が安定してきて音も落ち着いてきた。
「やった! 動いたわ」
「なんなのでありますかっ!」
「だから、エンジンが動いたのよ」
「ずっと唸ってるのであります。襲ってくるでありますか?」
「こないわよ」
「凄い音なのであります」
「当たり前よ。燃焼室の中で爆発が起こってるんだもの」
「爆発でありますか?! 大丈夫なのでありますか?」
「それが普通なのよ。そうやってシリンダーを動かして、回転の力に変えて、モーターを回して発電してるの」
「そ、そうなのでありますか。我が輩には難しくて、理解が追いつかないのであります」
それもそうよね。
なにしろこの世界は、ダイレクトドライブしかない。
非効率的な燃焼機関や蒸気機関なんてものは、ないんだから。
仮に作ったところで、ただ回るだけのオモチャにしかならない。
なにも生み出すことはないのよ。
精々水車小屋ね。
名称だけなら、勇者小説に出てきたことがあったから、存在はしていたんでしょう。
原始的すぎて、仕組みなんて誰も覚えてないでしょうけど。
「とにかく大丈夫だから、その物騒なものを下ろしてちょうだい」
「りょ、了解であります」
「ナームコさん、どう?」
「正常に動いておられるようでございます」
「よかった」
自己診断の方も、特に問題があるような警告は無いわね。
えっと、稼働可能時間はっと……3時間くらいか。
ま、初日だし、無理はさせられないからちょうどいいか。
「タイムちゃん、どう?」
『ダメですね。メインがまだ立ち上がってないから、覗き見ることもできません』
「そっか。そうよね」
完全に電源が落ちてたわけだし、なにが起こるか分からないわね。
「とりあえず、管理室を目指しましょう。そこに制御装置があるはずよ」
「了解であります」
「わたくしはここに残るのでございます」
「え、なんで?」
「燃焼させるには、酸素が必要なのでございます」
「あ……」
そういうことか。
つまり、発電機を回し続ける場合、ナームコさんは一緒に行動できないのね。
どうしようか……
ま、なにかが襲ってくることもないから、1人にしても大丈夫よね。
なにかあれば連絡はすぐできるし。
「とりあえず今日は、階段上のシャッターだけ開けましょう」
「よろしいのでございますか?」
「だって、貴方働きっぱなしでしょ。それにシャッターが開けば、上の階を見て回れるからね。じゃ、少しの間、よろしくね」
「存じたのでございます」
ということで、シャッターを開けに行きましょう。
廊下に出ると、天井の照明が点いていた。
非常灯だからあまり明るくないけどね。
薄赤い光の下、階段を上っていく。
シャッターの脇にあるパネルを見る。
よし、ちゃんと電気が来てるわね。
タッチペンで操作してシャッターを上げる。
やっぱりこっちも非常灯だけだ。
あまり明るくない。
ロローさんのランタンは置いてきたから、私の懐中魔灯で照らして進む。
所々に転がる白骨死体。
身につけてるものを物色したいが、今はまだ我慢だ。
片っ端から扉を開けて中を確認する。
幸いなのは、この階の扉は全て電子錠なところだ。
ハッキング用のカードを当てれば、タイムちゃんが侵入して開けてくれる。
タイムちゃんが居なかったら、力尽くで開けなければならないところだった。
私ではアクセスすることすらできない世界。
敗北感はない。
アレさえ手に入れば、逆転可能なはずだからだ。
恐らくここがエントランスホールなんだろうけど、土砂で埋まってしまっている。
地中に埋まってるんだから、当たり前ね。
むしろこの程度で済んでいる方が不思議だ。
そして漸く目的の扉を開けることができた。
そう、倉庫へと繋がる扉が開いたのだ。
発電機が動き始めました
次回は少し徘徊します




