第2話 レイモンドが残したもの
あれから時子は泣き止んだ。
とはいえ、ベッドで壁にもたれながら座っている。
死んだような目をして、ボーッとしながら。
携帯をいじることはなくなったが、握りしめて離さない。
時折俺と目が合っても、すぐに逸らされてしまう。
会話もない。
タイムが言うには、時折俺を目で追っているらしい。
フブキの居る車庫へ行くと、扉をジッと見つめているという。
なにを考えているのか、さっぱりだ。
充電に関しては、あまり芳しくない。
タイムは誤魔化しているが、明らかに効率が悪くなっているのだろう。
なんとなくだが、そう感じる。
遠くない未来、充電ができなくなると考えていた方がいい。
それまでに、タイムの前のマスターが見つかるといいのだけれど。
完全隔離されて4日目、エイルが目を覚ました。
まだ起き上がれないようではあるが、意識はしっかりしていた。
「どうなったのよ?」
俺はこれまでのことを、説明した。
レイモンドさんのことは驚いていたのだが……
「父さん?!」
「落ち着け。エイルのお父さんじゃなくて、ナヨとかいうヤツのお父さんだ」
「あ……そ、そうなのよ。うちのじゃないのよ」
まったく。
ナームコは兄狂いだけど、エイルのファザコンぶりも大概だな。
他人のお父さんにまで反応するなよ。
と思ったのだが、なんかエイルの様子がおかしい。
なんとなくだが、上の空だ。
「エイル?」
呼んでみても、返事がない。
……まさかな。
「ナヨ」
「えっ?」
まさかと思って呼んでみると、反応しやがった。
もしかして……
「お前、まさか本名が〝ナヨ〟とかいうんじゃないだろうな」
「そんなわけないのよ。母さんのよ、うちのこと〝エイル〟って呼んでるのよ」
確かにそれはそうだ。
トレイシーさんが娘の名前を偽る意味が分からない。
俺の考えすぎか。
それとも……
自分の娘を〝さん〟付けで呼んでいることが関係しているとか。
「心当たりでもあるのか?」
「なんのよ?」
「〝ナヨ〟って名前にだ。あいつは俺たちの中に、あるいは知り合いに居ると思っているんだろ。可能性としては、エイルかアニカの知り合いの誰かなんじゃないのか?」
「うちは知らないのよ」
「そっか。ならアニカなのかな」
ならば目を覚ますまで、この話はしないでおこう。
多分、アニカも知らないと言うだろうけど。
絶対エイルはなにかを隠している。
〝ナヨ〟についても、知っていることがあるはずだ。
ま、問い詰めてもシラを切られるだけだし。
そのときが来るまで、待つしかない。
「そんなことのよ、モナカは時子と手を繋がないのよ?」
それを聞いた時子が、ビクッと反応して壁を向いてしまった。
「なんなのよ?」
「だから話しただろ」
「なにも分からないのよ。時子、話すのよ」
しかし壁を向いたまま、動こうとしない。
「黙ってたら分からないのよ」
それでも動かない。
「エイル、そっとしておいてやれ」
「バカ言わないのよ。分かってるのよ?」
「分かっているつもりだよ」
「全然分かってないのよ! 時子っ」
ズカズカと近づいていき、時子をこっちに振り向かせようと手を伸ばした。
その手を、俺がつかみ取った。
「なにするのよ」
「そっとしておいてやれ」
「このままだと死ぬのよ!」
エイルがそう叫ぶと、時子はまた身を震わせ、縮こまった。
「だから、分かっているから」
エイルは俺の手を振り払おうとするが、俺の右手はビクともしなかった。
「分かってないのよ。うちと繋ぐのよ、意味ないのよ」
「なくはないだろ」
「うちのよ、充電はできないのよ」
「別に、充電できるから繋いでいたわけじゃない」
「そうなのよ?」
「当たり前だっ」
エイルが俺をジッと見つめる。
俺もジッと見つめ返した。
すると諦めたのか、エイルの手から力が抜けた。
分かってくれたのかな。
もう手を離しても大丈夫だろう。
「アニカはまだ寝てるのよ?」
「ああ、まだ起きないな」
「タイムちゃん、手伝いはできるのよ?」
『音声だけでしたら』
「音声だけならできるってさ」
「聞こえてるのよ」
え?
エイルには聞こえているのか?
「いつものようのよ、お願いするのよ」
『分かりました。いつものようには無理ですが、こちらこそお願いします』
そう言うと、エイルはまたなにやらやり始めた。
病み上がりなのに、よくやるよ。
あ……そういえば。
「エイル、お前宛に預かっているものがあるぞ」
「なにをなのよ?」
「この箱だ」
手のひらに乗るくらいの小箱を、エイルに渡す。
特に鍵も掛かっていないので、簡単に開いた。
「これのよ……」
「なにが入っているんだ?」
「レイモンドの置き土産なのよ」
「レイモンドさんの?」
前もって用意しておいたってことか。
まさかこうなることも、予言されていたとでも?
それを受け入れたっていうのかよ。
「ナームコ、手伝ってほしいのよ」
が、ナームコは反応を示さない。
そうか。
タイムが通訳できないから、通じないのか。
「ナームコ、エイルが手伝ってほしいんだとさ」
「いやでございますわ。わたくしは兄様と戯れていたいのでございます」
こいつ……
「エイルを手伝ってくれたら、嬉しいなー」
と言って、頭を撫でてやる。
「はぁっ! 兄様にそこまで頼りにされていたことを存じ上げなかったのは、一生の恥なのでございますっ」
お前は存在自体が一生の恥だろ。
「エイル様っ、喜んでお引き受け致すのでございますぅ」
ふっ、チョロいな。
これで鬱陶しいナームコを追い払える。
「モナカ、ナームコに通訳するのよ」
くっ。
世の中、上手くいかないな。
箱の中身はなんでしょうか
次回はアニカが目を覚まします