第131話 バケツをひっくり返したような
3人して脱衣所に入る。
なんだろう。
こんなシチュエーションは今まで何度もあったはずだ。
なのに凄く緊張する。
心臓がドキドキしてまともに時子が見られない。
別にこれからなにをするってわけでもないのに、なにを緊張しているんだ。
いつもと一緒。
エイルだったりアニカだったりナームコだったりが、時子に変わっただけ。
そうだよ、いつもとなにも変わらないんだ。
っはははは……さて、脱ぐか。
脱ぐか……といっても、タイムに服を消してもらうだけだ。
わざわざ本当に脱ぐ必要は無い。
『ということでタイム、よろしく』
『なにがよろしくなの?』
『だから、服を消してくれ』
『……や』
『ん?』
『い・や!』
『なんでだよっ』
『普通に脱げばいいでしょ! 子供じゃないんだから』
『なんでそうなる』
『ほら、2人とも脱ぎ始めてるよ。マスターも早く脱ぎなよ』
『う……』
『あそうだ、モナカ』
『ひゃうっ!』
『……なに変な声出してるのよ』
『いえ、なんでもございません。どのようなご用件でございますか?』
『? あのね、シャワーを浴びてる間は、内緒話ができなくなるから』
『あ、ああ。分かった』
まあ携帯を中に持ち込めないから、仕方がないか。
と、とにかく服を脱ごう。
極力見ないように、見せないように気をつけなきゃ。
なので背中合わせで服を脱ぐ。
シュルシュルという衣擦れの音。
トンッという多分足を上げて下ろしたときの音。
そしてパチンという……なんの音だ?
とにかく、視覚がない分、聴覚が研ぎ澄まされてしまう。
音と気配で今なにをしているのかを想像してしまう。
そしてその姿まで……
『そんなに気になるなら堂々と見たらいいのに』
『できるかっ!』
『お昼のときは見てたじゃない』
『あれは……思わずつい』
『ふーん。じゃあ録画しておくから、後で見ていいよ』
『止めなさい!』
全く、タイムの心遣いはありがたいけど、凄く見たいけど、見なきゃ損なんだけど、それができるなら直接見ているって。
今ならそれが気兼ねなくできるんだから。
鈴ちゃんの手前、変に隠したりしないだろうし。
いやいや、鈴ちゃんを利用してそんな卑怯なことは――
「パパー、早く入ろうよ」
「あ、ごめんごめん」
振り返ると、シャワー室に入っていく時子の後ろ姿が見えた。
床に届きそうなほど長い髪のお陰で背中もお尻もなにも見えない。
くっ、残念だ。
あんなに長いのに枝毛もないし、傷んでもいないんだぜ。
手入れが大変だろうに。
そういえば俺に急速充電したとき、この髪が少し短くなったんだっけ。
いっぱいご飯を食べたらアッという間に元に戻ったけど。
あれは驚いたなあ。
鈴ちゃんに手を引かれてシャワー室に入る。
う、やっぱり狭いな。
いや、それはナームコと3人で入っていたときと変わらないんだけど。
ナームコに触ったりするのはなんとも思わないから狭く感じなかったのかな。
エイルやアニカと入るときもそうだ。
というか、この3人はむしろくっついてくるから狭いとか感じる暇がなかった。
でも時子は違う。
触らないように気をつけると、すぐ壁に阻まれてしまう。
そしてこの壁が割と冷たいんだ。
壁にも触れたくない。
時子とは触れないように気をつけないといけない。
狭いな……
「鈴、シャワー出すよ!」
「待って。まずはこの蛇口からお湯を出してお復習いしましょう」
「はぁーい!」
そうだな、お復習いは大事だ。
〝信じられないの?〟という割には、こういうところはしっかりとやるんだな。
確認は大事ということか。
蛇口からは勢いよくお湯が出てきた。
時子が触って温度を確かめる。
「うん、大丈夫みたいね。えらいえらい」
「えへへー。じゃあ出してもいい?」
「いいわよ」
「うわぁーい! 出すよ出すよ! せーのっ」
ダバーッと勢いよく、それこそ滝のようにお湯が天井いっぱいから降り注いで、いや落ちてきた。
「きゃー!」
「うわっ!」
「ふぎゅわぶっ?!」
シャワー室が水没すると思った瞬間、止まった。
た、助かった。
とはいえ、腰まで完全に水没している。
一瞬でここまで溜まったら、排水が追いつくはずがない。
「大丈夫か?」
「ええ、なんとか」
「……鈴?」
鈴ちゃんの姿が見えない。
とうとうこの時が来てしまいました
次回は煩悩に負けるな