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第124話 バスに揺られて

「それじゃアニカ、留守番は任せたぞ」

「うん」

「なにかあったら連絡寄越せよ」

「分かってるよ」

「エイルのこと、頼んだぞ」

「分かってるってば」


 本当に大丈夫かな。

 でも今までだったら一緒に行くって駄々こねていたはずだし。

 少し落ち着いたのかな。


「んじゃ、いってくる」

「「「いってきます」」」

「いってらっしゃい」


 買い物はバスを使って商店街まで行くことになった。

 バイクじゃいけないし……そもそもエイルはバイクを何処へやったんだ?

 歩いて行けなくもないが、鈴ちゃんが居るからな。

 荷物も……ハッ!

 もしかして俺、荷物持ち?!

 もしかしなくても荷物持ちの未来しか見えない。

 そして女の買い物は長いと聞いたことがある。

 というか、前回の買い物も長かった。

 どうなるんだ。


「ねえねえ、あれはなぁに?」


 鈴ちゃんにとっては初めての外出になるのかな。

 見る物全てが新鮮なんだろう。

 知ってはいても、これがそうだという紐付けができていない。

 それがひとつずつ結びついていく。

 ただの知識が、生きた知識に生まれ変わっていく。

 その瞬間を見られる。

 その瞬間に自分が関われる。

 自分が他の人を生まれ変わらせられるというこの喜び。

 愉悦とは違う、純粋な喜び。

 ただ歩いていただけの道のりが、華やかに彩られていく。

 新たな発見。

 見ていたはずなのに、見逃していたものもある。

 世界はこんなにも謎に包まれていたんだ。

 近くのバス停までなんて、いつもならすぐに着く。

 でも今日は何十倍もの時間を掛けて到着した。

 あれ? そんな風に感じたのに、実際には倍くらいの時間しか掛かっていないな。

 加速した時間の中にでも居たとか。

 そんなわけないか。


「鈴ちゃん、はい」

「なぁに、オバアちゃん」

「身分証よ」

「身分証!」


 そういえば、ここで生活するなら老若男女関わらず、身分証が必要なんだった。

 忘れていたな。

 なんでトレイシーさんが鈴ちゃんの身分証を持っているんだ?

 しかもあれはナームコの時みたいな仮身分証じゃないぞ。

 見た目がエイルのとあまり変わらない。

 つまり正式な身分証なのか。


「このようなものを鈴が持ってしまってもいいのでしょうか」

「いいに決まっているだろ」

「でもパパはお前たちに身分も人権も無いと言ってました」

「モナカさん!」

『ですから、それは僕ではなく本当のお父さんが言っていたことですよ』

『あら、そうなの?』


 もー、トレイシーさんはマイペースだなぁ。


「パパは悪くないよ。鈴たちはそういう存在なんだから、無くて当たり前なんです。なのに、本当に待ってしまってもいいのでしょうか」

「鈴、全てのものに変わらないことなんて無いんだぞ。必要なものが不要になるように、不要なものが必要になることだってある。鈴なら理解できるよな」


 ちょっと酷な言い方だけど、理解しやすいと思う。


「はい」


 鈴ちゃんは恐る恐る身分証を受け取った。

 最初は腫れ物を触るような感じだったけど、だんだん慣れてくると不安そうな顔が消えていった。

 そして裏表を何度も見て、空にかざしたり、振ってみたり、また裏表を見たり、目をぱちくりさせながら見たりを何度も繰り返す。

 すると徐々に笑顔に変わっていった。

 くるくると回りながら身分証を見つめていた。

 余程嬉しかったんだな。


「あはははは、うわぁーい!」

「無くさないように気をつけるんだぞ」

「うん!」


 それから間もなくして、バスがやってきた。


「ねえねえ、あれがバス?」

「そうだぞ」

「ふぉぉー!」


 バスが停留所に着き、扉が開く。


「鈴、パパと同じようにしてごらん」

「うん!」

「ほら、ここに身分証を当てるんだ」

「うにゅ」


 あー、当てる場所が目線より高いな。

 それでもなんとか当てられて、読み取り音が鳴った。


「これでいいの?」

「ああ、よくできました。よしよし」

「えへへー」


 俺たちの他に乗客がまばらに乗っている程度。

 一番後ろの長椅子に4人で並んで座る。

 最初は俺と時子の間に座っていたが、身を乗り出して窓の外の景色を見て目を輝かせた。

 だから今は時子の膝の上に座っている。

 俺も子供の頃はこんな風にしていたのかな。

 バスに揺られて十数分、次が降りるバス停だ。


「鈴、次で降りるぞ。このボタンを押してごらん」

「ボタン?」


 ボタンといってもタッチパネルだけどな。

 鈴ちゃんがポチッと触ると、〝次、止まります〟と車内アナウンスが鳴った。


「ひゃっ!」

「っはは。バスが停まったら、降りるからね」

「えー、もう?!」

「帰りもまた乗るから」

「わぁーい!」


 バス、気に入ったのかな。

 程なくしてバスはバス停に停まった。


「降りるぞ」

「はぁーい」


 降りる客は俺たちの他にも2人居た。

 2人が先に居り、それに続いて俺たちが降りる番だ。


「今度はあそこ?」


 前の客が身分証をタッチさせていたところを指さしてそう言った。

 へー、ちゃんと周りを見ているんだな。


「お、よく見ていたな。じゃあ先にやってみるか?」

「うん!」


 乗るときと同じように読み取り機が目線より高い。

 それでもなんとか身分証をタッチさせている。


「これでいい?」

「ああ、いいぞ」

「えへへー」


 これでバス代が……あれ?

 なんで鈴ちゃんの身分証にお金が入っているんだ?

 俺の身分証には1円も入っていなかったんだけどな。

 きっとトレイシーさんが入れておいてくれたんだろう。

バスは利用していますか

次回は試着です

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