第113話 どっちが本当?
「なに騒いでるのー?」
「あ、ママー!」
時子がシャワーを終えて、戻ってきたみたいだ。
ほのかに肌が火照っている。
久しぶりに寝間着姿をまともに見たような気がする。
ん? 時子もイヤホンをしているのか。
でもエイルが作ったヤツとは形が違うな。
「あのね、タイム伯母さんに御本読んでもらってたの」
「なにを読んでもらったの?」
「んーと、〝ツルの恩返し〟!」
「〝ツルの恩返し〟かー。約束は守らなきゃダメよねー」
「約束?」
「そうよ」
「なんの約束?」
「ん? だから、〝部屋を覗かないでください〟って」
「部屋? んー?」
「あー時子、それなんだが、ツルはシベリアに帰ってしまったんだ」
「シベリアってなに?」
「それはだな……」
かくかくしかじかと、タイムの新訳〝ツルの恩返し〟を話して聞かせてやった。
「お姉ちゃん!」
「ごめんなさい!」
ま、そうなるよな。
なんであんな改変をしたんだか。
「だって、バッドエンドは嫌だったんだもん」
なるほどな。
そういう昔話って結構ある。
〝雪女〟なんて口を滑らせずに暮らせていたとしても、バッドエンドにしかならないからな。
残酷話もあるし。
復讐劇っていうのもある。
子供向けの絵本は、随分とマイルドになっているけど。
「もう。さー鈴、もう遅いから寝ましょ」
「えー、まだお話聞きたーい」
「じゃあ、寝ながらお話ししてあげる」
「わぁーい!」
立ち上がって鈴ちゃんを抱きかかえる。
さすがに床に座って寝る……なんてことは無いよな。
思った通り、時子は久しぶりにベッドに潜り込んだ。
そして俺から鈴ちゃんを受け取ると、2人して横になった。
さて、俺はいつもどおりに――
「なにしてるの?」
「ん? いや、俺は床で――」
「バカ言ってないで、さっさと布団に入りなさい」
「え、でも……」
「パパは鈴と一緒に寝てくれないの?」
「そんなことないぞ。鈴はパパと一緒に寝てくれるのか?」
「一緒に寝たい!」
「そっかー、じゃあ一緒に寝ようかな」
「わぁーい!」
い、いいのか。
鈴ちゃんは予想どおりの反応だけど、時子まで一緒に寝ようなんて言うとは思ってもみなかった。
単に鈴ちゃんが居るからなのかな。
でもなんだろう。
今まで3人で寝たことはあったけど、それとは雰囲気が違うな。
いつもは俺が真ん中ってこともあるけど、それだけじゃない。
「パパ、ママ、手ぇ繋いでー」
「ああ、いいぞ」
「いいわよ」
「やったぁー! えへへ」
手を繋いで……か。
手を繋いで寝るなんて、いつ以来だろう。
もうずっと時子とは手を繋いで寝ていない。
それどころか、散歩の時以外もうずっと繋いでいない。
う、身長差で左手だと繋ぎにくいな。
仕方ない、右手で繋ぐか。
うわ、分かってたけど本当に小っちゃい手だな。
強く握ったら潰してしまいそうだ。
右手のコントロールに慣れてきたとはいえ、気が抜けないな。
「ママ、マーマ、〝ツルの恩返し〟! シベリアに行ってどうなったの?」
行ってないからねっ。
「はい、シベリアのことは忘れましょうねー」
「うゆ?」
時子が物語を語り出す。
ツルを助けたのは若者じゃなくて、おじいさんに変わっていた。
家にはおばあさんも居る。
昔話は地方によって細かいところが変わっているらしいからな。
色々なパターンがあるんだろう。
2人供、随分と楽しそうだ。
それにしても、ついさっきまで鈴ちゃんを睨んでいた時子と同一人物とは思えない。
この変わり様は一体なんなんだ。
俺が飯を食っている間に、なにがあった。
なんでもいい。
塞ぎ込んでいるより、何倍も良い。
今はそれでいいじゃないか。
物語の方はというと、いよいよ機を織るために、おじいさんに糸を買ってきてとお願いをするときがやってきた……のだが。
「すう……」
「ふふっ、寝ちゃったみたいね」
「そうだな」
話が聞きたくて無理していたのかも知れない。
でもとうとう眠気に負けたということだ。
さすがに寝落ち2回目、朝まで起きないだろう。
みんなが知っている鶴の恩返しはどんなかな
次回は今後の話です