第110話 フブキの決意
好意に甘えて、フブキの散歩に行く。
時子が居ないことに、フブキが首を傾げる。
そうだな。
時子が来てからというもの、ずっと一緒だったからな。
『なあタイム、時子と手を繋がなくて大丈夫なのか?』
『寄り道しなければ、大丈夫だよ』
『そっか』
やっぱりあまり好ましくないようだ。
『マスター、改めてごめんね』
『ん?』
『アレルギーのこと』
『ああ、もう気にするな。でもなんであんなこと言ったんだ?』
『船から降りろって言われた鈴ちゃんの気持ちを分かってほしくて』
『そうなのか?』
『うん。でもマスターが感じた以上のことを感じてると思うの』
『……そっか。あれ以上か。辛いな』
『うん』
『分かった。もう言わない』
『ホント?』
『鈴ちゃんが自分から言い出すまでな』
『それでいいと思う』
言い出すとも思えないけど。
『なあ、時子のこと、どう思う?』
『どうって?』
気づいていない?
そんなわけないよな。
うーん。
『いや、なにも無いならいいんだ』
『そう……』
『……』
やっぱりタイムもなにか感じている……ってことだよな。
なんか嫌な感じの沈黙だ。
『なあ』
『あの』
あっ、被っちまった。
『『……』』
『マスター、先に』
『いや、なんでもないんだ。タイムは?』
『タイムは……やっぱりまだいいや』
『まだ?』
それって俺とは違うことを思っているってことか?
『ううん、なんでもないよ。でも、1つだけ』
『なんだ?』
『充電のことなんだけど、効率は殆ど戻ってないから気をつけてね』
『え、効率戻っていないのか?』
『さっき時子が抱き締めたでしょ。でもあんまり回復してないの』
『そうなのか』
『だから魔物と戦ったときみたいな無茶はできないよ』
『そっか』
最悪手を繋ぎながら戦う……なんて考えてたけど。
そもそもあの状態の時子となんてできるはずがない。
『原因は分かるか?』
『ごめんなさい。タイムは知ってるけど、言えないの』
そっか、タイムは知っているのか。
『うん、タイムが分かっているならそれでいいよ』
『ごめんなさい、役立たずで』
『なに言っているんだ。タイムほど頼もしい相棒は居ないぞ』
『そうかな……ははっ』
『鈴ちゃんはなにしている?』
『ん? 時子が絵本を読んであげてるよ』
『絵本?!』
そんなものがあるのか。
エイルからは想像もできない物だぞ。
『タイムの本棚にいっぱいあるから、それを……ね』
あー、タイムのか。
なら納得だ。
『ただ、携帯の小っちゃい画面だから、読みづらいの』
『幻燈機は使えないのか?』
『だって携帯じゃないもの』
『あ、そっか』
「おや、今日はモナカちゃん1人かい? トキコちゃんはどしたんだい」
あー、そうだった。
俺が1人で散歩していれば、このオバさんが黙っているわけないよな。
「こんばんは。時子は家で鈴と遊んでます」
「鈴?」
「あー」
なんて説明したらいいんだろう。
俺たちの子供です、とか言えるはずもない。
「親戚の子供です」
「おや、そうなのかい。なんで3人で一緒に来ないんだい?」
「フブキが居ますから」
「わふん?!」
「ああ、そうだったねぇ。はは、オバさんも冷えてきちまったよ。歳は取りたくないねぇ。じゃあね、トキコちゃんによろしく言っといておくれ」
「はい、おやすみなさい」
「はい、おやすみ」
ふう、なんとか切り抜けられたぜ。
でもオバさんと普通に会話できたぞ。
いつも開口一番、驚かれてたからな。
慣れたのか?
「ん? フブキ、どうした?」
「わう……」
なんか元気が無いな。
どうしたんだろう。
頭を優しく撫でてやる。
冷たくはないが、ヒンヤリとしている。
むしろ外気温より暖かく感じる。
とはいえ、それは俺とタイムと時子だけ。
特異な存在。
この世界で俺たち3人だけ。
フブキにとってどういう存在なんだろう。
撫で続けているけど、フブキは元気が無いままだ。
オバさんが寒くなって家に引っ込むのはいつものこと。
原因はそれじゃない。
ならなんだ?
俺が〝フブキが居ますから〟って言ったからか?
それこそ今更なんじゃないか。
でも、思えばこれにフブキは反応していたような気がする。
ちょっと配慮に欠けたかな。
「ごめんな。悪気があったわけじゃないんだ。いつものことだし。でも、フブキは気にしていたんだよな。悪かった」
「わううん」
「えっ、違うのか?」
「わう」
あれ?!
じゃあなんだっていうんだ?
『マスター、フブキさんは自分が原因で時子が一緒に居られなかったことを悔しがってるんですよ』
『そうなのか?』
そんなこと、気にしなくていいのに。
気にしても変わることじゃない。
フブキの種族特性だ。
抗ったところでどうにもならない。
体温が低いのは、変えようがない。
むしろ俺みたいな体温の高い人間に抱き付かれて熱くないのかな。
確か魚は人間に触られると火傷するって聞いたことがある。
ちょっと信じられないけど。
でも、そういうことだ。
フブキは体温が低い。
近くに居るだけで冷えるように。
触ると凍傷になるくらいに。
意識すれば氷が作れるくらいに。
「フブキ、気にするな。お前は悪くない。なにも悪くないんだ」
「わうぅ」
「俺は大丈夫だ。フブキと遊べるからな」
「くぅーん」
「ん、フブキは優しいな」
「わうっ」
「え、どうした? 急に真面目な顔になって。あ、こら! 急に走り出すな!」
なにをそんなに急いでいるんだ。
なにか見つけたのか?
でもダメだぞ。
フブキが通れる道は決まっているんだ。
残念だけど寄り道はできないぞ。
などと思ったのだが、別に何処かへそれるわけでもなく、普通に家に着いた。
そして一犬家へ入ってしまった。
「こら、まだリードのままだぞ。出てきなさい。フブキ?」
返事もなければ、出てくる気配もない。
仕方がないからリードと鎖を無理矢理結ぶことにした。
フブキが脱走することはないだろうけど、大丈夫かな。
お散歩は1話で終わります
次回、また1人の犠牲者が生まれます