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第109話 嘘に踊らされた末路

 時子は寝ていたわけではない。

 ただうずくまってボーっとしていたに過ぎない。

 聞きたくもない会話を無理矢理聞かされていたので寝られなかったわけでもない。

 耳には入っていたが、ただそれだけに過ぎない。

 それでも、モナカの叫び声は強烈だ。

 携帯(ケータイ)のスピーカーが壊れるのではないかと思うほどだ。

 ただ声が大きいだけなら耳を塞げばいい。

 だけどそれは心に響いた。

 無視できない悲痛な叫び。

 気づけば、足が自然と食卓に向かっていた。

 叫び声の震源地……そしてその元凶を見る。


「ああああああああああああああ!」


 錯乱し、正気を失ったままだ。

 そして今度は鈴を睨み付ける。

 座っているモナカの足にしがみ付いたままだ。

 そんな鈴の首根っこを掴むと、無理矢理引き剥がした。


「ひうっ!」

『なるほど、そういうことか』

『なにがなるほどなのよ』

『マスターにしがみ付いた鈴ちゃんを、時子が引き剥がしたのよ』

『それの何処がなるほどなのよ』

『鈴ちゃんが精神攻撃をしているとするなら、今もしていたことになるわ。だからその原因を絶ったのよ。事実、僅かだけど好転したわ。もう一押しね』

『モナカくんがおかしくなったのは、鈴ちゃんが抱き付く前よ。ただの偶然でしょ』

『洗脳が解けそうになったから、かけ直したのだろう。だが今回は抵抗された』

『考えすぎよ』

『そうね。そう考えるとすっきりするわ』

ナース(タイム)さんまで!』

『トキコはそう考えた。そして行動した。違うか?』

『……』


 3人の会話は、叫び声に紛れてなんとなく聞こえてはいた。

 だからの行動……というわけではない。

 時子はなにも答えず、モナカを見つめる。

 頭を抱え、テーブルに突っ伏している姿を見て、なにを思うのだろうか。

 先輩なら迷わずフブキを取る?

 それとも同じように悩む?

 洗脳?

 そんなの関係ない。

 人として、1人の子供を思い悩むのは当たり前だ。

 ましてや孤児(みなしご)、親戚も居ない。

 それどころか同じ時代を生きた者など1人として居ない異世界。

 そんな子供を放ってフブキに走るようなら、例え先輩といえども嫌いになる。

 だからといってフブキを放って子供に走るなら、それはそれで先輩ではない。

 ならば目の前に居るこの人は誰?

 先輩ではないことはもう分かっている。

 でも先輩と同じ心を持ったこの人は誰?

 同じことをするこの人は誰?

 ただ、分かっていることがある。

 このままこの人を放ってはおけない。

 誰でもないこの人を、無視することなんてできない。

 好きとか嫌いとか、そんなのは関係ない。

 こんな状態の人を放っておけないだけだ。

 そう、これはただそれだけのこと。

 それ以上の意味は無い。

 そんないいわけを自分にしながら、モナカを抱き締めた。


「私が鈴の面倒を見るよ。その間、フブキさんと遊んでなさい」

「あああああ……フブキと、遊んでも、いいの?」

「ええ。鈴もママが相手なら、言うことを聞いてくれるわ。そうよね、鈴」

『時子?!』

『貴様、いつの間に兄様と!』

「ママ?」

「そうよ。ごめんね、辛く当たって」

「ママ!」


 鈴が時子の足にしがみ付く。

 最初と違い、今度は睨み付けたりはしない。

 見ることもしない。

 目をつむり、ただただ、この人(モナカ)の安寧を願うだけ。

 先輩の居ない世界で、生きていかなければならない。

 私が役に立つのなら、役立てればいい。

 半ば自暴自棄とも取れる思いを(いだ)き、心を殺した。

 今までどおりにすればいい。

 きっとこの為に私はこの世界に呼び出されたんだ。

 そう思い込むことで、自我を保つことを選んだ。

 そして改めて自分の居る世界を、その目で見つめることができた。


『時子?』

『なぁに、お姉ちゃん』

『えっ』

『どうかしたの?』

『ううん、なんでもないよ』

『ふふっ、変なお姉ちゃん。そんなことより、モナカ……くんはいいの?』

『そ、そうね。マスター、マスター聞こえる。時子が鈴ちゃんの面倒を見てくれるって』

『……時子さんが?』

『もう、〝時子さん〟だなんて。今までどおり〝時子〟って呼んでよ』

『……え? 時子? え……あ! も、元に戻ったのか!』

『なに言ってるの。私は前からこうだよ。なにも変わってないよ』


 そうだけど、そうじゃなかったよな。


『戻ったのはあなたの方。とにかく、モナカ……がフブキさんと遊んでる間は、私が鈴の面倒を見てるから』


 呼び捨て?!

 いつも〝モナカくん〟って呼んでたのに?

 それになんか違和感が……


『あー、そのことなんだけど……』

『どうした、ナース(タイム)。なにか問題でもあるのか?』

『実は……嘘なの』

『……え?』


 嘘……って、なにがだ?


『鈴ちゃんに犬アレルギーなんて無いのよ。ごめんなさいっ』

『え? え、どういうことだ?』

『だから今までどおりフブキさんと遊んでも問題は無いのよ』

『つまり、アレルギーは無いんだな』

『ありません』

『そうか……よかった』

『……怒らないの?』

『怒る? なんで? アレルギーは無いんだろ。ならよかったじゃないか。鈴ちゃんもフブキと一緒に遊べるんだろ』

『兄様、それは無理だぞ』

『無理?!』


 え、どうして?!

 だってアレルギーはないんだろ。

 だったら何の問題も……

 まさか、犬アレルギーじゃなくて、犬嫌いとかか。


『あの娘は兄様と違い、魔力の影響を受けるからな』


 あ、そっか。

 そっちの問題があったんだ。


『じゃあ……』

『アレルギーは無いが、近づけないことに変わりはないぞ』

『そ、そうか……あ、でも、その間は時子が……え』

『ん、なぁに?』


 なんだ?

 さっき一瞬、鬼のような形相に見えたけど、今はにこやかに笑っている。

 気のせいか?


『なんでもない』

『そ? それより夕飯は食べ終わったの? 終わったなら散歩に行ってきたら?』

『あ、ああ。そうだな』


 なんだろう。

 戻った……のとは違う?

 よく分からない。


「鈴、パパはフブキさんの散歩に行ってくるんだって」

「フブキさん?」

「この家で飼ってる犬よ」

「犬! 鈴も行きたい!」

「ダメよ。鈴はフブキさんに近づけないの。だからママとお留守番よ」

「うー? ダメなの?」

「そうよ。フブキさんに近づくと、寒い寒いってなるのよ。だからダメ」

「鈴、寒いの平気だよ」

「ダーメ。さっき約束したよね。ママの言うこと、聞いてくれるんでしょ」

「あ……ごめんなさい。分かりました」

「うん、良い子だねぇ、よしよし」


 なんだろう。

 凄く子供の扱いに慣れてないか?

 もっと駄々をこねるかと思ったら、簡単に言うことを聞かせたぞ。

 まさか、本当にママなのか。

パパとママが揃いました

次回はお散歩です

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