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第108話 不自然ではないから不自然

 どんなに大切な物であっても、子供より大切なものなんてあるわけがない。

 優先すべきがなんなのか、考えるまでもなかったはずだ。


『そう……だよな。鈴ちゃんのことを考えたら、それが……一番……か』

『そうよ』

『俺が……我慢すれば、いいだけ…………分かった。我慢する』


 そう言った途端、頬を伝うものがあった。

 あれ?

 もしかして、俺は泣いているのか?

 泣くなよ。

 泣いたって、なにも変わらない。

 風呂場を思い出せ。

 犬の毛が触れただけで、あんな酷い痣みたいになったんだぞ。

 もの凄く痛がってたじゃないか。

 こんな小さな子にあんな思いをさせるくらいなら、我慢できるだろ。

 そんなことは分かっているのに、涙が止まらない。

 むしろ余計流れてくる。


「嫌だ」


 思わず口から出てしまった。

 擦れて誰にも聞き取れないだろうけど、1度出てしまうと止められなくなった。


「そんなの無理だよ。どっちかなんて選べない。鈴のことは大切だ。でも、フブキだって大切なんだ。そのどっちかが欠けるなんて……そんな……そんなこと…………」

「マ、マスター?」

「嫌だー!」


 俺は絶叫していた。

 部屋に……いや、家中に轟くほどの大声で叫んでいた。


「俺はまだフブキと遊びたい! でも、同じように鈴とも一緒に居たいんだ……ごめん、フブキ。お前には遊んでくれる人が沢山居る。でも、鈴には、俺しか……居ないんだ。分かってる。でも……でも……あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「パパ?!」


 誰かが俺を呼んでいる。

 呼んでいる?

 俺に子供なんか居ない。

 こんな子供ほっとけばいい。

 そうすればフブキと一緒に居られるんだ。

 誰にも邪魔なんか――


「パパ!」


 足に子供が……じゃない。

 鈴ちゃんがしがみ付いてきた。

 こんな幼子(おさなご)を泣かせるなんて、できるはずがない。

 でもその為には……


『マスター、マスターってば!』

「あああああああああああああああああああああああああああ……」

『ダメね。タイムの声も届かないなんて……不味いことになったわ』


 ナース(タイム)ステータス(カルテ)を眺めると、色々な数値が異常な値を示していた。

 綱渡り状態で、いつ落っこちてもおかしくなかった。

 逆にギリギリで落ちずにいるのがおかしいくらいだ。


『お前たちはおかしいと思わないのか』

『なにが?』

『エイル、何故そこまでこの娘にこだわる。お前にとってなんのメリットがあるんだ』

『なにを言い出すかと思えば……子供が1人で迷子なのよ。保護するのは当たり前でしょ』

『かもしれんが、それにしては過保護すぎる。兄様も、わたくしというものがありながら、この娘にご執心だ。あり得ないだろ』

『むしろあなたにご執心の方があり得ないわ』

『辛辣だな』

『事実よ。でもそうね。言われてみればあのモナカくんがフブキと天秤に掛けて、即答でフブキを取らないのはおかしいわ』

『その基準はなんだ』

『モナカ基準よ。それが今崩されてるの』

『そうね。言われてみれば不自然なことよ。でもね、確かに心乱されてるといっても、あくまで正常な範囲。異常性は認められないわ。不自然ではあるけど、生理的にはなんら問題はないの』

『こんなになってるのに?!』

『こういう風になってる精神状態での、生体としての反応を見た場合よ。ログを遡ってみても不自然なところは……あら?』

『あったの?』

『分からないわ。ナース(タイム)とマスターは直結されてるの。例えるなら0センチのケーブルで繋がってるのと同じなのよ。だから外的ノイズで狂うなんてことはないわ』

『狂ってたの?』

『一瞬乱れただけよ。それも刹那とか、そんな長い時間じゃないの。そのときは気にもしなかったけど、今となってはそのときになにかあったのかも知れないわ』

『それはいつのことだ』

『貴方たちが帰ってきたときね』

『もっと正確な時間は分からないのか』

『ちょっと待って。映像で確認するわ』

『映像?』

『ええ。マスターが見ている物は、全て記録が残って……るなんてことはないわよ。そんなこと、するわけないじゃない。たまたまよ、たまたま』

『たまたまね……』

『いつだ』

『え、えーと……鈴ちゃんに抱き付かれたときね』

『決まりだな』

『なにがよ』

『あの娘がなんらかの精神攻撃をした証拠だ』

『そう言われると、可能性はあるわ』

『そんなことをする子に見えるの?』

『無意識にしてしまう、ということはあり得るわ。防衛本能として人身を操り、身の安全を確保する』

『エイル、お前もそうなんじゃないか?』

『私も?! そういうあなたはどうなのよ』

『わたくしがお兄様以外の人間に心動かされるわけがなかろう』

『モナカくんには動かされてるくせに』

『なっ、なにを言う。兄様に心動かされるのは当たり前だ』

『はいはい、そういうことにしておいてあげるわ』

『そもそもわたくしはあの娘に抱き付かれてなどいない』

『それで考えると、タイムさんとアニカさんと母さんは無事ってことかしら』

『アニカは分からんぞ。ここに連れてきた本人だからな』

『今はどうなのよ。モナカくんは今抱き付かれてるじゃない』

『不自然なところはないわ』

『だったら……』

『いいえ、それがかえって不自然なのよ』

『どういうこと?』

『精神が崩壊してもおかしくないくらい、精神ステータス(ホルモンバランス)が崩れてるわ。なのに未だに精神崩壊してないの。ギリギリのところで踏みとどまってる。もしかしたら……とにかく、今はマスターをどうにかしないといけないわ。効くか分からないけど鎮静剤を――』

「あら。トキコさん、おやすみになったんじゃないんですか?」


 寝たはずの時子が食卓に入ってきた。

真打ち登場!

次回は貴方なら許せる?

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