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第105話 辞書では世界を理解できない

「となると、あの船? の処分も考えないとな」

「処分する必要は無いのでございます。スズ様に動かして頂けば宜しいのでございます」

「だからそれをさせない方向で話をしているんだろうが」

「スズ様はその為に作られた物なのでございます」

「作られたって……」


 確かにそういう話だったな。

 それでも鈴ちゃんはれっきとした人間だ。


「子供にそんなこと、させられないだろ」

「子供子供と仰られますが、恐らくここに居る誰よりも賢いのでございます」

「賢い?」

「恐らく誰も気づいておられないようなので、僭越(せんえつ)ながらわたくしから申し上げさせて頂くのでございますが、スズ様はわたくしとエイル様と兄様とトレイシー様と会話できているのでございます」

「そりゃ赤ちゃんじゃないんだから、会話くらいできるだろ」


 発音がちょっと怪しいところはあるけれど、それでもしっかりと会話できている。

 確かに子供っぽくないように感じる瞬間もあるけれど、それが賢い証明になるとは思えない。


「そうではないのでございます。スズ様はわたくし・エイル様・兄様・トレイシー様の4言語を自在に使い分けて話されているのでございます」

「え? ……あ、そういえば鈴ちゃんはイヤホン(翻訳機)を付けていないんだったな。タイム、どうなんだ?」

『ナームコさんの言うとおり、マスターと話す時は日本語で話してたよ』

「マジか……全然違和感なかったぞ」

「言語翻訳は、スズ様の基本機能の1つなのでございます」

「機能じゃなくて能力だろ」

「機能で合っているのでございます」

「というか、エイルとトレイシーさんは同じ言語だろうが」

「……失礼致したのでございます」


 でもだとするなら、恐ろしく言語習得速度が早いな。

 そんなことが可能なのか?

 ……可能だからできているんだろうけど。

 にわかには信じられない。


「でもそれだけだろ」

勿論(もちろん)、他にもございます。まず、スズ様は御自分の存在意義を理解されておられるのでございます」

「存在意義?」

「御自分の生まれた意味からどう利用されるか。そしてどうなったら廃棄されるかを……でございます」

「廃棄だと?!」

「先ほどからスズ様はしきりに〝捨てないで〟と仰られていたのでございます。あれは食べ物のことではございません。御自分のことなのでございます」

「そんなバカな」

「なるほどのよ。そう考えるのよ、色々とつじつまが合うのよ」


 そうなのか?

 改めて思い返してみると、ナームコの言うことを前提にしてみると、不自然さが消えるかも知れない。

 それであんなに必死になって〝捨てないで〟って言っていたのか。

 つまり、ああいうことをしたら廃棄される……つまり捨てられるって理解していたってことか。

 それは自分の立場をきちんと理解しているということ。

 〝怪我してない〟ではなく〝壊れてない〟と言っていたのも、そういうことなのか。

 これはまず自分が俺たちと同じ人間だっていうことを理解してもらうことから始めないとダメだ。

 ナームコの言うように賢いのなら、直ぐ理解してくれるだろう。


「廃棄とか捨てるとか、あり得ない。鈴ちゃんは人間だ。俺たちと同じ人間なんだ。まずはそこを教えてあげないと。それに賢いっていっても、精神的にはまだまだ子供なんじゃないか。直ぐパパ、パパって甘えてくるぞ」

「ただの生存本能でございましょう。兄様に捨てられたら終わりなのでございますから。捨てられないよう必死に媚びているだけなのでございます」

「そんなわけあるかっ!」

「事実なのでございます」

「それじゃ、あれは全部演技だとでもいうのか?」


 とても演技だとは思えないぞ。

 本当に演技だとしたら、相当の役者だ。

 いや、やっぱりあり得ない。


「本能でございますので、演技ではございません」

「子供が大人に保護されるように行動するのよ、当たり前のことなのよ。鈴ちゃんだけじゃないのよ」

『私もそう思うわ』

ナース(タイム)も?」

『生物は〝生きたい〟という基本的な欲求があるわ。でも子供は〝生きたい〟と思ってもあまりにも弱いの。だから他者の保護を求めるわ。それはつまり〝生きたい〟ではなく、〝生存を保証してほしい〟という欲求に変わるの。結果として〝母親を独占したい〟〝親から褒められたい〟という2つの本能が出てくるわ』

「俺は母親の代わりなのか?」

『鈴ちゃんの場合は父親しか居なかったのだから、〝父親を独占したい〟ってことになるわ。〝マスターを独占したい〟〝マスターに褒められたい〟ってことになるの。だから当たり前なのよ。なにも特別なことじゃないの』


 〝マスターを〟……か。

 なんか、そうやって聞くとタイムと変わんないな。


『ん? なにかしら』

「いえ、なんでもありません」


 あれ? 俺口に出して言ったっけ?


『なんにしても、頭がどんなに良くても、精神的にはまだ成熟していないわ。いいえ、むしろ年齢より幼い感じよ』

「そうでございますね。知識の割に経験が圧倒的にないようなのでございます。知識と現実の紐付けが全くできておられないのでございます」


 そうだな。

 ご飯が熱いというのも、サラダが冷たいというのも分からなかった。

 味もそうだ。

 その研究所では殆ど経験しなかったのだろう。

 なら、これから沢山経験させればいい。


「一言で言うなら、スズ様は辞書そのものなのでございます。辞書の内容は知っていても、それを理解できていないのでございます」

「どういうことだ?」

「スズ様はなにが〝お米〟なのかを存じなかったのでございます。ですが、〝お米〟という言葉と意味は存じておられたのでございます」

「あーそういうことか」

「〝熱い〟も同じだったのでございます」

「え?」

「お米を触った時、スズ様は〝熱い〟と仰られなかったのでございます」

「そうだったか?」


 全然気づかなかったぞ。

 思い返してみれば、そうだったかも知れない。

 〝辛い〟がそうだ。

 〝甘い〟〝塩っぱい〟〝苦い〟〝酸っぱい〟と教えて、残ったのが〝辛い〟。

 その味を、言葉を教えていないのに、自分から言いだした。

 〝辛い〟を知識として知っていても、実際にどういう味が〝辛い〟のかを知らなかった。

 だから〝辞書〟なのか。

 俺よりナームコの方が鈴ちゃんをよく見ていたってことか。

辞書を読み物として読む人が居るらしい

次回は今後の話です

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